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シネマ365日

2016年1月17日

特集「新年おめでとうございます」⑰
ボヴァリー夫人とパン屋(2015年 コメディ映画)

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監督 アンヌ・フォンテーヌ

出演 ファブリス・ルキーニ/ジェマ・アータートン

 

シネマ365日 No.1633

裏返しのエロチシズム

特集「新年おめでとうございます」⑬

この映画の何にいちばん驚いたかというと、主演のジェマ・ボヴァリーを演じたジェマ・アータートンよ。パン屋のマルタンになったファブリス・ルキーニはそらもう、驚きませんよ。「アステリックスの冒険」ではカトリーヌ・ドヌーヴのブリテン女王をいじめるカエサル、「危険なプロット」ではイケメンの教え子にのぼせる国語の先生と、八面六臂の変わりようですもん。でもな〜、アータートンをこんな女優に撮ったというだけで、わたし、アンヌ・フォンテーヌ監督の選択眼に目を見張るわ。アータートンご本人の才能も努力もあるでしょうが、彼女「聖トリニアンズ女学院」では、落ちこぼれ女子校の寮長にして、フェルメールの名画強奪事件の首謀者だったのよ。その後「アンコール!」で、ヴァネッサ・レッドグレーヴやテレンス・スタンプに混じって、ひけをとらない立ち位置にはいたけど、マダム・ボヴァリーときた日にはぶっ飛んだわよ▼マルタンの隣に引っ越してきたイギリス人の奥さんはジェマ・ボヴァリー、夫はチャールズ(フランス語読みでシャルル)、16歳のときから「ボヴァリー夫人」を愛読、いや愛読どころか、主人公エンマ・ボヴァリーに没入しているマルタンは、ジェマに愛する「ボヴァリー夫人」を投影する。誠実な夫を裏切る妻、借金を重ね不倫に走るどうしようもない女の虜(とりこ)である。隣のジェマは夫の留守中、地元の城館に住む美しい青年と恋に落ち、大胆にセックスを重ねる。それを知ったマルタンは「ボヴァリー夫人」と重ね合わせ、「いま引き返さねば身の破滅だ」と(別れろ、別れろ)とテレパシーを送るなど、こっけいなまでの思い込みに陥る。妻も息子も、平凡な家庭人であるマルタンが、隣の奥さんにそわそわするのに気づいているが気にもとめない。そう、マルタンは劇的なキャラから、もっとも遠い場所にいる男なのだ▼作中の人物に自己を同化し「ボヴァリー夫人はわたしだ」と言った、原作者のフローベルもマルタンには驚倒するだろう。マルタンにあっては、人生は文学を模倣するのだ。だからジェマの破滅を食い止めねばならない。ジェマのほうは、おいしいパンを焼く隣のおじさんくらいにしか思っていないのに、マルタンの妄想はとめどなく広がる。彼は不倫相手の青年になりすまし、偽の縁切りの手紙をジェマに書き送り、恋を終わらせるである。やるか、そこまで。ところがジェマは、不倫に気づいて夫がロンドンに帰ったのをいいことに、偶然出会った元彼との関係を復活させ、またしてもマルタンは焦燥の虜となる。今度こそ事件はおきるだろう、ジェマはただではすまない、彼女は男に棄てられ自ら命を絶つのだ…そんなこと、やめろ、いまのうちに。マルタンの必死の懇請にジェマはアッケ「なに言っているのよ、わたしはわたしよ、ボヴァリー夫人なんかじゃないわよ!」そして家を処分しイギリスに帰ることにしたと告げる。マルタンはお別れに、彼女の名前入りの大きなパンを焼いて箱にいれ、玄関のドアの前においた。やってきた元彼がみつけジェマに見せた。シーンは一転、ただならぬ隣家の気配にマルタンがかけつけると、元彼がシャツをはだけ、ジェマは台所でしどけなく倒れ、息をひきとっていた▼警察の報告によるとジェマの死因は窒息死だった。マルタンのパンを食べてのどにつめ、息ができなくなり、あわてた男は抱きかかえ背中をたたき、吐き出させようと大騒ぎしたがダメだった、というのだけど、これ、やっぱり笑ってはいけないのでしょうね。小説ボケしている親父をからかう息子がおもしろい。ジェマのいなくなった隣家に引っ越してきたのは「ロシア人だよ」と親父に教える。「名前がカレーニナだって」マルタンは横付けになっているトラックのそばに行き、荷物の運び込みを手伝うと、女主人らしい女性に片言のロシア語でいう。垣根越しに見ている息子は、母親に「うそだよ。フランス人さ」。マルタンは、妙な顔をしながら挨拶した彼女のフランス語に「完璧だ!」と驚嘆する▼ジェマ・アータートンは、イザベル・ユペールの推薦でした。フォンテーヌ監督が「なかなかいい女優がいない」とこぼしていたら、かつてクロード・シャブロル監督のもとで「ボヴァリー夫人」を演じたイザベルが、アータートンの名をあげた。監督は早速会うことにし、ジェマが部屋に入ってくるのを一目みて、彼女に決めたとインタビューで答えていました。フォンテーヌ監督の作品は、「シネマ365日」でいえば「恍惚」「美しい絵の崩壊」があります。彼女が映像は微妙なセクシャリティのゆらめきに特色がありました。本作でマルタンの妄想はプラトニック・ラヴの形をとっていますが、ジェマのワンピースの隙間を見る彼の視線や、肌の匂いが伝わりそうな感触に、抑圧したエロチシズムをにじませています。

 

 

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