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特集「美魔女」

2016年1月24日

特集「美魔女2」⑥エマニエル・ベアール 
とまどい (1996年 恋愛映画)

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監督 クロード・ソーテ

出演 エマニエル・ベアール/ミシェル・セロー

 

シネマ365日 No.1640

ソーテの恋はたゆたう 

とまどい(1996年 恋愛映画)

「シネマ365日」のあちこちの特集で、エマニエル・ベアールを小出しにしていたせいか、美魔女シリーズでは取り上げていなかったのね。いい女優さんですよ。ではさっそく。彼女の役柄も多彩ですね。ハリウッド・デビューした「天使とデート」では文字通り背中に羽の生えた天使。「ミッション・インポッシブル」ではメガネなんかかけてトム・クルーズと共演。ふたりの雰囲気が全然合っていなかったのが驚異的ですらありました。そのうちジャック・リヴェット(「美しき諍い女」)やクロード・シャブロル(「愛の地獄」)や、アンドレ・テシネ(「かげろう」)など、フランスの名監督からご指名に。だんだん演じる役もフツーですまなくなっていきます。女性監督とも縁がありましてね、カトリーヌ・コルシニの「彼女たちの時間」ではゲイに、アンヌ・フォンテーヌの「恍惚」では大ベテラン、ファニー・アルダンを手玉にとる小悪魔的娼婦を。文学作品の名作にもちゃんと出演、そう「見出された時」であります▼見ものだったのは、完全主義者フランソワーズ・オゾン監督が腕によりをかけ、フランスを代表する女優に妍を競わせた「8人の女たち」。ベアールは白いカラーをきちっと首に巻き髪をアップに、出で立ちは清楚にして意味ありげな流し目をくれる、セクシーなメイドになって登場、のけぞらせてくれました。アホらしいまでに意味不明だった「変態島」にもなぜか主演。閉店寸前のキャバレーで歌う歌手を吹き替えなしで演じた「輝ける女たち」…女性監督ビルシニー・デパントと組んで、共演が稀代の怪女優ベアトリス・ダルという「嫉妬」もありました。フランス映画界屈指の女優だといっても過言ではありません。本作は「愛を弾く女」に続く恋愛映画の名手、クロード・ソーテ監督との映画です。ソーテの作品には独特の風合いがあり、ギトギトした恋物語には、まず絶対といっていいほど仕上げません。ふうん、そういうこともアリなのね、という具合にいつのまにか観客は彼のお話に馴致説得されていく。たとえば彼の実質監督デビュー作である「顔のない眼」なんて、ゴシックそのもののえげつない内容なのに、ヒロインが森に姿を消す、幻想的なまでに美しいラストに(ふうん、そういうこともアリなのね)と丸め込まれてしまうのだ▼邦題の「とまどい」は、この映画の微妙な空気を伝えてけだし絶妙です。オープニング、ベアールは生活にくたびれたおばさん主婦・ネリーのいでたちで現れる。もっさりした陰気くさいセーターを着て、動作もきびきびせず、イヤリングもしないでかけようとする。夫のジェロームは失業して1年になるが、就活する気はとんとない。外に出るのは新聞を買いにいくだけ、あとはテレビをみて一日家にいる。生活費はベアールがパートを掛け持ちして稼いでいる。ネリーは親友のジャクリーヌとカフェで会い、ほとほと夫の無気力をこぼしているところへジャクリーヌの元カレ、初老のピエール(ミシェル・セロー)が通りかかった▼ピエールは判事から実業家に転身し成功したやり手だ。人品骨柄卑しからず、知性に溢れ繊細だ。彼はネリーの屈託ありげな物思う風情をみてとり「困ったことがおありなら援助する、自分は人助けが楽しいのだ、なにも裏はない、気にしてくれなくていい」と折り目正しく申し出る。ネリーは帰宅して夫にその話をするが夫はそんなことやめろとはいわない。ネリーは3万フランの小切手をピエールに切ってもらい、家賃の借金をオール返済、夫に離婚を申し出る。夫は「君がそういうなら」。ネリーは自叙伝を執筆中のピエールの原稿の清書を手伝うことにする。ネリーは25歳。年齢差は40歳くらいになるが相性がよく話が合い、ピエールもネリーの頭のいい受け答えが気に入る。ふたりの親密度は増していく。ピエールの本の編集者ヴァンサンはネリーにあって一目で惹かれ、ふたりは一夜を共にする。翌朝夫が自殺未遂したという知らせ。病院に飛んでいってみれば単に睡眠薬の飲み過ぎで、新しい恋人もいる。ネリーの心境は複雑。煮え切らないネリーにヴァンサンはいらだち、ケンカしたりくっついたり、一方でピエールは長年別居していた妻が戻ってきた。いっしょに暮らしていた妻の愛人が死んだというのだ。ネリーは離婚し、ヴァンサンと別れ、ピエールは妻とともに絶縁状態だった息子をシアトルに訪ねるため出国する。ネリーは再びピエールの部屋でひとり、自叙伝の清書を始める▼まったく静的な映画です。解決というものがない。ソーテの恋愛の本質は「つかず離れず」で、狂信的な愛情にいちばん遠い。それがじつは愛情の本質である、いくらのぼせあがっても「愛情はとどのつまり、こうなるのさ」といわんばかりだ。当っているけど。ソーテのもうひとりのミューズ、ロミ・シュナイダーが、こういう恋の「たゆたい」をやらせると絶品でした。ベアールは「とまどい」には少し健康すぎましたが、でもけっこういい線いっています。

 

 

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