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特集 LGBTー映画にみるゲイ

2016年2月1日

特集 LGBTー映画にみるゲイ163 
パレードへようこそ(2015年 ゲイ映画)

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監督 マシュー・ウォーチャス

出演 ビル・ナイ/イメルダ・スタウントン/ドミニク・ウェスト/フェイ・マルセイ

 

シネマ365日 No.1648

パレードが始まる

シリアスでウィットにとみ、未来へのメッセージをこめた映画です。ゲイとスト中の炭鉱労働者が手を結ぶ、文化も社会的背景もまったく異なる二種類の人たちが、自分たちの存在を賭けて、いっしょになって新しいページを開きました。俳優たちが演じるのはほとんど実在の人物です。具体的なエピソードの積み重ねに説得力があります。1984年6月30日の、ロンドンで行われたゲイ・プライドのパレードから始まります。1980年代のイギリスは、ゲイとわかれば7年の懲役だった時代です。サッチャー首相は経済回復のため炭鉱の閉鎖を打ち出しました。それに抵抗する炭鉱ストは国の機能を完全に麻痺させました。彼らのストは、賃上げ要求ではなく、職場を守る訴えだったのです。労働者階級にとって炭鉱は最後の砦だった。新しい産業のおしよせる世界で、滅び行く労働者たちの体を張った抵抗でした▼炭鉱労働者も同性愛者もマイノリティにはかわりない、手を組んでたちむかおうという、同性愛者たちの訴えに、提携をもちかけられた炭鉱組合は迷惑顔でした。変態・吐き気がする・地獄へ行け、といわれるのがゲイだった。そんなやつと手をにぎったらエイズがうつるとも。マークたちゲイグループは「LGSM」(レスビアン・ゲイ・サポート・オブ・マイノリティ)をたちあげ、彼らが断るまでストを支援しようと決め、こつこつと電話1本をたよりに、提携をよびかける。ウェールズの田舎町の炭鉱から「いいわよ」と返事があった。やってきた責任者ダイは「L」はロンドンの「L」だと思っていた。彼がこだわりのない見方をする、知性的な男性だったことが、二者の出会いの幸運でした。彼を歓迎するゲイのパーティで「あなたたちが与えてくれたのはお金ではなく、友情です。自分よりはるかに巨大な敵と戦っているとき、どこかで見知らぬ友が応援してくれていると知るのは最高の気分です」とスピーチした▼しかし困難が待ち受けていた。村に帰ったダイは、どこの団体より毎週多くの寄付金を送ってくれるLGSMを招待しようと呼びかける。みな黙ってしまう。組合の書記であるクリフ(ビル・ナイ)、福祉委員のへフィナ(イメルダ・スタウントン)、ダイの妻マーガレット、招待の手紙を書いたシャンが味方となって招待を決めた。正直なところ、呼ぶ方も来る方もおずおずだった。案の定、歓迎会はひとり去り、ふたり去り、冷たいムード。へフィナは息子を叱る。「いますぐゲイの人たちと話をしにいきなさい。あんたの裸を子供のときから見慣れているけど、あの人達のほうが立派よ。さっさと行きなさい」。ムードをうちやぶったのはジョナサン(ドミニク・ウェスト)だった。「ヘイ、どうして女ばっかりで踊っているのだい」「村の男達はダンスを知らないの。お尻が動かないのよ」「プッ。おれがお手本をみせてやろう」。ジョナサン、ではなくドミニクの踊りが見事だった。ジョナサンのステップにあわせ女たちは有頂天、男たちは「ジョナサンにダンスを習おう、おれももてる男になる!」▼組合の内部はもめつづけた。「ゲイに救われた炭鉱なんて物笑いよ」。ストは42週目に入り、電気もガスととめられ、厳しい寒さのなかで生活は困窮した。タブロイド紙は「オカマ、炭鉱ストを支援」と書き立てた。ロンドンのLGSMの本拠は投石され火炎瓶をなげこまれる。ゲイには伝統の呼び名がある、とひとりがいった。「変態だ。これを大切に活用しよう。攻撃に打って出よう」。ナイトクラブで大々的に「炭鉱とヘンタイ」コンサートが予告された。ゲイもストレートも参加できる。炭鉱からはダイやヘフィナが応援にボロバスで駆けつけた。いっしょにきたゲイルはLGSMの女子部をたちあげたステフに言う。「夫にあったときは16歳。愛も美も消えていく」ステフ「うれしいね」「セックスは男の悦びよ。女は仕方なくさせてやっている」ステフはたちどまり「ちがう、女の悦びでもある」。ゲイルはステフに熱烈キス。「ほんとうね!」と叫ぶ▼ある日クリフがヘフィナに言った。「わたしはゲイだ」「知っていたわ。わたしは1968年からよ」。LGSMのひとりジョーは、料理学校をさぼって活動にうちこみ出席日数不足で停学になったことが両親にばれた。母親は嘆いた。「わたしもそうだったわ。辛い人生よ。孤独で家族もなく、職場の仲間やみなから隠れて秘密をもって生きるのよ」。クリフらの留守を狙った抜き打ち採決で、LGSMの支援は断ると組合は決めた。1985年3月4日、炭鉱組合は職場復帰を決めた。ストは破られたのである。ジョナサンのエイズ感染がわかった。シャンが見舞いにきて「わたし、普通の生活にもどるわ。子供いるし」という。「君は大学へ行け」とジョナサン。「無駄に生きるな。善良な若者が毎日死んでいる。君はよくできる女性だ。大学に行って社会に役立つことを勉強しろ」。ステフはジョーの家にきて母親に言った。「彼を認めてあげて」。家を出たジョーは本格的に写真の勉強をする。翌1985年6月29日。あれから1年。ロンドン・ゲイ・プライドパレードだった。LGSMも旗を持って参加したが、「君たちは最後列を歩いてくれ。人数が少ないからね」と事務局にいわれる。しょぼしょぼと後ろに回ってスタートを待つ。再び事務局が来て「先頭に立ってくれ、人数が多すぎる」「?」。いぶかしんだジョーやステフの目に、つぎつぎ到着する何台もの大型バス。LGSMが募金活動で贈った先頭の赤いバスからダニやクリフが、へフィナやゲイルが、大型バスは「同性愛者支援炭鉱夫の会」と銘打っていた。礼を返しにきたのだ。再会にだきあい、パレードは始まった…▼シャンはスウォンジー大学に入学、ウェールズ文学を専攻し、2005年その地方初の女性地方議会議員に当選した。ジョナサンは2014年65歳の誕生日を祝った。ストの翌年、労働党大会に動議が提出、規約に同性愛者の権利を盛り込む議案が検討、可決された。採決を左右したのは、ある有力な組合の全会一致の支持だった。全国炭鉱労働組合だった。

 

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