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特集 LGBTー映画にみるゲイ

2016年2月15日

特集 LGBTー映画にみるゲイ177 
クリスマス・ストーリー(2010年 ゲイ映画)

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監督 アルノ―・デプレシャン

出演 カトリーヌ・ドヌーヴ/マチュー・アマルリック/アンヌ・コンシニ

 

シネマ365日 No.1662

真夏の夜の夢 

150分の長尺です。グジャグジャ書いているとややこしくなる一方なので、こう整理しました。ストーリーは母親ジュノン(カトリーヌ・ドヌーヴ)が重症のガンだとわかり、治療法は骨髄移植しかない。父親アベルは息子・娘をはじめ家族をよびよせた。長男ジョゼフは6歳で母と同じ病気で他界した。ジョゼフを救うために産んだ次男は適合せず「役立たずのアンリ」(マチュー・アマルリック)として成長し、一家の問題児となる。劇作家として成功した長女エリザベート(アンヌ・コンシニ)と、アンリは仇のごとく憎みあっている。母親もアンリが嫌いで、アンリも母親が嫌いだ。劇中、何年ぶりかで顔をあわせた息子に、母は「まだわたしが嫌い?」ときき、息子は「ずっと嫌いだ」と言っている▼しかし母親と息子など、やれ嫌いだ、憎いといったところでたかが知れている。移植に適合するのはアンリとエリザベートの息子ポールだ。だれが母親のドナーになるか、移植を受ける方も提供する方もリスクはある。でもアンリは「ぼくがやるよ。ぼくの母親だもの」と引き受ける。母親もこのダメ息子を、ダメ息子ゆえ愛している。どうにもこうにも天敵のごとくいがみあうのが姉と弟であり、この確執が映画の中軸だ。三男イヴァンにメルヴィル・プポー(「わたしはロランス」)とか、その妻シルヴィアにキアヌ・マストロヤンニ(「プレタポルテ」)とか、アンリの恋人フォニアにエマニュエル・ドゥヴォス(「逢いたくて」)とか、脇に配された重要な役と俳優はいるが、彼らをまきこむ大渦をひきおこすのが姉と弟である。姉の息子、つまりアンリの甥ポールは引きこもりだ。アンリは言う。「姉貴の気難しさは異常だよ。みんな陰気になる。ポールの病気は姉のせいだ」。姉はこういう。「あれが母親に拒絶された息子の末路よ。平凡だけど歪んでいる。母が彼を憎んだ理由は、大きくなって必ず悪いことをするとわかっていたからよ」そして「彼が息子の病気の源だと悟った」どっちも言いたい放題である。アンリは6年前、姉から絶交を言い渡された。彼があさはかにもこしらえた借金を、姉が肩代わりするかわり、一家とは絶縁することを条件にしたのだ。いくらなんでもそれはあんまりだろうと、父も母もとりなしたが姉の決意はかわらず、莫大な借金を棒引きされた代わり、アンリは追放された。アンリの姉に出した手紙がある。「一族の狂気や暴力が、僕の想像しなかった限度に達したようだ。僕ほど憎まれた者はいない、それを望んでいる自分がいる。両親はまるで僕が悪臭を放つかのように見る。弟は脱獄囚が来たかのような態度で迎える。軽率な姉よ。君は血縁を傷つけたね」▼しかしここまではまだ、金の不始末をしでかした単なる愚弟にとどまっていた。姉の憎悪が決定的になるのは、アンリがドナーに名乗りでたからだ。姉の独白はこうだ。「死を越える憎しみがあるとは知らなかった。笑顔で英雄のようにふるまい、移植を自慢するお前。お前はなんでも盗んでいく。ジュノンの埋葬までも奪おうとする。お前はわたしの人生を盗んだのよ」これだけでも「ン?」と思います。弟の肩をもつわけではないが、姉の母親への思い入れは度が過ぎている。姉は母親に「あんなできの悪いやつの骨髄で大丈夫か。移植をやめてほしい、ポールも適合する」と懸念しています。そこまでいうか。母親は「産んだ子をお腹にもどすだけよ」と恬淡。姉は「小さいころから手に負えない弟を見ていて、余計な心配をかけまいと、わたしは明るくふるまってきたの」と苦しげに打ち明ける。「いい娘だったわ」とうなずく母。しかし「ママにほめられたかったからよ。男はどうでもよかった。息子さえ他人だった」…重すぎる娘の告白に、母親はだまって抱き寄せる。弟が骨髄を母親に移植することで、母親を盗られてしまるように思い、自分の「人生を盗む」とまで思いつめる。難儀ですね、この過剰なる母親好き。笑い事じゃないが、よくありますよ。そのうちたいてい落ち着くのですが、姉の場合、子供のころから弟が家族の鼻つまみ者だったことと、母親がそんな息子をどこかで愛していることがわかっていたのでしょうね。自分はどんなときも明るく振る舞ってお母さんを支えてきたのに、あんなサイテー男になんか、目をくれないで、その分わたしを愛してちょうだい、と心のなかで叫んでいたのよ▼この頼りない弟って、でもどこか憎めないわ。仕事をさせれば失敗、借金はこしらえ、女好きはとどまるところをしらず、絶縁されても当然のダメ男なのだけど、気持ちに温かいものを持っているのね。母親がそれをいちばんよくわかっていたと思うわ。移植を無事終え、母親の無菌室の病室に来て隔離カーテンをへだて、身振り手振りで、子供のころのコインのゲームをやる、このシーン、言葉を失うくらいベタだけど、ドヌーヴもマチューもとてもいいですよ。ラストは気難しいお姉さんの独白です。「移植は成功した。ジュノンは治る。息子がつくる世界に生きよう。もしわたしたちがお気に召さぬなら、これは夢とお考えを。それですべてが元通り」母親のことをジュノンと、第三者として呼んでいるのが象徴的です。最後のくだりの一節は「真夏の夜の夢」です。クリスマス・イヴの家族団らんの場で、三男一家が寸劇を演じるシーンがあります。もちろん一族そろって観劇。中央の椅子に、ドカーンと陣取ったカトリーヌ・ドヌーヴをみよ。この威容。どこが死にかけているのだ。圧巻ではありますが監督、ちょっと貫禄ありすぎでは。

 

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