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特集 LGBTー映画にみるゲイ

2016年2月24日

特集 LGBTー映画にみるゲイ186 
背徳の貴婦人エミリエンヌ(1976年 ゲイ映画)

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監督 ギイ・カザレル

出演 ベティ・マルス/ナタリー・ゲラン

 

シネマ365日 No.1671

はてしなくバカらしい 

原題は「エミリエンヌ」です、こっちのほうがよかったのにみな「貴婦人」が好きなのね。365日毎日みている映画の中にはアホらしい作品もあるけど、ここまで人をバカにした映画も少なかったな。ギイ・カザレルはそれなりの映画を撮っている監督だと思います。「ある日アンヌは」なんか、のちの「雨の訪問者」でチャールズ・ブロンソンと共演したマルレーヌ・ジョベールの初期のころでした。彼女はエヴァ・グリーンの母親ですね。ブリジッド・バルドーとクラウディア・カルディナーレが共演した「華麗なる対決」もあった。「たくさんの人は映画が好きだが、映画に好かれる数少ない人が彼だった」とほめちぎっていたのはジャン=リュック・ゴダールだったけど。そういや、ゴダールの作る映画はみな退屈だったな▼エミリエンヌ(ベティ・マルス)は画廊の経営者。夫のクロードは大学の美術史の先生。学生のヌーキー(ナタリー・ゲラン)と不倫中。画廊の展示会の日、クロードがヌーキーを妻に紹介する。エミリエンヌはヌーキーに惹かれる。つぎにエミリエンヌはヌーキーのスケッチを見て才能があるという。夫は妻が女子大生に関心を持っても「女なら一度は女と寝たいと思うはずだ」と結論し「3人で同じベッドに寝たら幸せね」とどっちの女か忘れたがそう言う。ヌーキーは奥さんをモデルに描きたいといい、エミリエンヌは承知。ちょっと恥ずかしそうにヌードになったところ、ヌーキーはいちいちエミリエンヌの指先を舐めたり、脚をさすったり、全然必要のないことばかりに熱心で、絵はいつ描くのか。女子大生というから20歳前後だろうに、ナタリー・ゲランのセックスに関する「委細百も承知」の態度物腰は、世界中の年増が集まってもまだ負けそう▼だから「貴婦人」のエミリエンヌはひとたまりもない。ヌーキーに溺れる自分が恐ろしくなり、エミリエンヌは夫に助けを求める。夫は「心配するな」と言ったものの口だけ。ヌーキーはますます大胆になり、ゲイバーにエミリエンヌを連れて行き「みだらなあなたが好き。出て行く先があれば彼とは別れる」と調子のいいことをささやく。エミリエンヌは「自宅に空き部屋があるから引っ越してきて」もちろんヌーキーのいう「彼」とはエミリエンヌの夫だ。3人の同居がはじまり…この映画ではケーキに鼻を突っ込んだり、ハチミツを体中に塗りたくってペロペロ舐めまわしたり、セクシーとかエロチックとかいうより、汚らしくて気色悪いシーンがやたら多い▼ヌーキーがエミリエンヌと夫の仲に嫉妬してアッという間に出ていき、エミリエンヌはつかの間の平安を、夫とともにブルターニュの別荘で過ごすが、「未亡人の館」という娼館に足をふみいれ「男では満足できない、ヌーキーを探してきて、おねがい」と夫に頼む。夫はどうせかくれてヌーキーと会っていただろうから、ホイホイ連れて帰る。ヌーキーは「今日からわたしが奥様よ。妻になるの。子供が欲しいわ」と言いたい放題、エミリエンヌを下女同然にこきつかい、つぎのシーンでは赤ん坊が産まれている。エミリエンヌが我が子のように可愛がると、ヌーキーとは心底意地の悪い女とみえ、赤ん坊もさわらせなくなる。エミリエンヌはカバンひとつ下げ、さびしく家をでていく。1年たった。ヌーキーはなんと言ったか。こわい顔をして「エミリエンヌがいたころは毎日が充実し、輝いていた」と夫に当たり散らすので、夫はエミリエンヌを探しに行く。すぐ行き先がわかる。すべてに都合よくできている映画だ。ドアを開けたのはエミリエンヌではなく、彼女と同棲しているダイアンだった。ダイアンは「何をしに来たの? 彼女はわたさない。忘れて」冷たく言ってバターンとドアは閉まる。まともな女がひとりではあるが登場してよかった。でも甘かった。つぎのシーン。エミリエンヌが微笑をうかべ階段を上がっている。足音をききつけ階上の部屋からドアをあけたのは夫とヌーキーだ。エミリエンヌは帰ってきたのだ▼見続ける気力も失せるだろう。でも最後に映るこの影はだれだ。おぼろげに誰かがドアに近づいている。うまくぼかしているが、まさかダイアンじゃないだろうな。そんなことまで考えてしまうとは、完全にこの映画に毒されたわ(笑)

 

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