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特集 LGBTー映画にみるゲイ

2016年2月25日

特集 LGBTー映画にみるゲイ187 
レインボウ(1989年 ゲイ映画)

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監督 ケン・ラッセル

出演 サミ・デイヴィス/アマンダ・ドノホー

 

シネマ365日 No.1672

みかけとホンネと大違い 

原作がD・H・ロレンス。彼がこの小説を書き始めたのはフェミニズム運動のさなかでした。「レインボウ」は他のロレンスの作品とちがい、仕事を持ち、自我を曲げようとしない女性の、社会参加の権利と自由を支持していますが、もちろんフェミニズムの台頭と本の売れ行きを、にらみあわせたものであると思えます。というのも、男の世界にズカズカ踏み込んで行くヒロインを、ロレンスはそう気前よく許してはいないのです。アーシュラは勤務先の校長のイジメや、女教師のいうことをきかない生徒の反抗に手を焼きながらも、「舐めるなよ、クソガキ」とケツをまくり、彼女の剣幕に恐れをなした校長もすっかりおとなしくなります。家には彼女をどんなときにも守る愛情あふれる両親が健在で、娘が結婚を拒否しようと、男に棄てられようと…まあ「あなたとは絶対結婚しない」と、交際相手のアントンに宣言したのはアーシュラですから、そこまで言われた男が他の女と結婚するのは当たり前で、アーシュラがショックを受けて寝込むのは筋違いなのですが、そんな娘でも父母にとっては可愛い。どんなときもここはお前の家だとなぐさめる。でもアーシュラは窓から虹をみたとたん、やっぱりわたしは自由に生きるわ、とトランクひとつで家をでてしまうのです▼ロレンスはアーシュラをどうするつもりか。彼は非常に複雑な男性でして「アーシュラを許さない」と書きましたが、この映画はすべてロレンスのホントにいいたいことの裏返しです。「結婚すればイジメも受けることなく、良家のお嬢様として幸福に暮らせる」「女であることを受け入れれば、悪戦苦闘することもなく、食べるに困ることもない、人生は盤石である」。それをいってしまうと女性読者を逃しそうな風潮でしたから、あえて女性の意思を尊重し、ヒロインを先端的な女性にしました。でもトランクひとつで家を飛び出した彼女に、ロレンスはどんな未来を与えたか。次作「恋する女たち」にはこうでした。アーシュラは大学に進みますが、卒業試験に落第し学士号をとれないままロレンスは大学を去らせ、故郷で変哲のない主婦として生涯を終わらせる。しかも彼女の初恋の相手、アントンを、いわゆる「新しい女」などを相手にすれば、どんなひどい目にあうかのみせしめのように、ロレンスは抹殺するのであります。だからこの映画が説得力のない、曖昧さのうちにエンドになっているのは、女性読者への義理ははたしたとみなしたロレンスが、やれやれと肩の荷を下ろしたからです。彼にはすでにつぎなる小説で、リベンジの構想があったにちがいない(笑)▼本作のどこがゲイか。アーシュラは体育の女性教師ウィニフレッド(アマンダ・ドノホー)の、「男性は女性に偏見を持っていて、その偏見にぴったりの人だと愛しているというのよ」「子羊とかライオンとか、仏陀やアポロ、キリストやゼウスは、人間の本能的な欲望の象徴よ。わたしが崇拝するのはこの大自然。ライオンと子羊が共存して初めて世界は平和になるのね」という刺激的な考えにすっかり魅了されます。ウィニフレッドの別荘(この先生お金持ちなのね)にきた女たちは、「大自然」の森のなかをスッポンポンで走り回り、池に飛び込みスイスイ泳ぎ、裸で雨の中を走り別荘に帰って暖かそうな暖炉の前で、毛皮のうえで寝そべり、なんですって? 先生は整骨療法士でもあり、気持ちよさそうなマッサージをアーシュラにほどこし、なるようになるのであります。ところが先生は、なかなか合理的というか、ちゃっかりしているというか、生徒にはしっかり革新的な思想を吹き込んでおいて、自分はさっさとアーシュラの叔父、石炭王と結婚するのだから、アーシュラは口アングリ。でも彼女らのよき関係は続き「アントンの妻だけで終わりたくない、独身の教師として次から次、いろんなタイプを愛したい、彼をだれよりも愛しているのになぜかしら」というアーシュラの発言に、ウィニフレッドは「結局あなたが求めているのは他の男たちね。結婚しなさい!」と、足元の明るいうちに身を固めさせようとします。ヴィクトリア時代って、性には鷹揚だったのね。アーシュラはアントンに「初めての相手は彼女だったのよ」とあっさり打ち明けており、男でも女でも、ごちゃごちゃ言わんでもいいでしょ、という奔放さがなかなかけっこうでした。

 

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