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2016年3月3日

建国の聖地 鳥見山鎮座 等彌神社が地域と築くもの  

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神社を通して地域を活性化

 

ひみこの里・記紀万葉のふるさとと言われる、桜井市。同市の鳥見山西麓に鎮座する「等彌神社(とみじんじゃ)」は、二千年の歴史を有するとも言われます。そんな格式ある古社で、佐藤高静宮司は様々な取り組みにより地域を盛り上げてこられました。「神社の真の在り方」を具現化するために挑戦を続ける佐藤宮司に、その熱い想いを伺いました。

 

 

天津神々に建国をご報告

「地域の人々の癒しであり誇りでありたい」等彌神社 佐藤高静宮司

―鳥見山は「建国の聖地」とも呼ばれているそうですね。

『日本書記』によると、神武天皇が九州から渡ってきて長髄彦と闘った際に天から金の霊鳥が舞い降りてきて矢にとまり、相手の目をくらませて勝利を勝ち得たとされています。その後、神武天皇が建国され、天津神々にそのご報告をする「大嘗会」を営まれたのが、この鳥見山なのです。金のトビが飛来したのも、鳥見山だとされています。

神武天皇は天照大神から神勅を受け、譲り受けた稲のもみ種一粒を撒くことからこの周辺に稲作を広めていきました。日本の稲作の文化がここからスタートしたわけですね。天津神々の祭祀には、このお米が供えられたとされています。

 

―そんな鳥見山に鎮座する神社に、なぜ「等彌」という漢字が使われているのでしょう?

よく聞かれます(笑)。これは「とみ」を万葉仮名で記すと「等」と「彌」になるだけのことです。今でいう平仮名で表しているのと同じです。万葉仮名が用いられていることも当神社の古さを表していると言えるかもしれませんね。

 

人々の憩いの場としての、本来の姿に

―そんな歴史ある神社で佐藤宮司は様々な取り組みをされているそうですね。

私はここ、桜井市の出身ですが、大学を出てから東京の一般企業で勤めていました。その後、神道を学び、神職の資格を取りました。当家は代々の習わしに従い、神武天皇に縁ある橿原神宮で2年奉職し、東京の神社本庁で勤めました。しかし、等彌神社の宮司だった叔父が高齢になったため、この神社に戻ってきたのです。それからちょうど10年になりますね。

子どもの頃見せてもらった原風景に感謝し、地域に恩返しがしたい。今では氏子さんたちに知られるだけの存在になってしまったこの神社を、本来の人が憩う場所に戻したいと思い、試行錯誤してきました。就任して数年後には著名な演奏家を呼んで「観月の夕べ」というコンサートを始めました。それを6年続けて、一昨年からは「奉納祭のコンサート」と形を変え、園児とコラボした演奏会も行うようになりました。園児たちが神社を通して郷土愛を育み、いろんな人との交流を愉しみ、伝統に触れることで日本を好きになり、世界平和を望んでもらえるようになれば、と思います。また、お子さんが出演されることでご両親や祖父母の方々も来られますからね。幅広い世代が集える機会になればいいなと思います。

 

5月5日の春季大祭では、子どもの日にちなんで、ゲームや福引などお子さんに喜んでいただけるイベントも組み入れているんですよ。11月には献灯祭に併せて紅葉のライトアップも行います。奈良県の「記紀・万葉プロジェクト」の一環として、桜井市本町通・周辺まちづくり協議会とコラボして、本町通りから神社まで行燈をつなげる「古代へ誘う光の道プロジェクト」も行いました。ホウ・シャオシェン監督の「黒衣の刺客」や秋原監督の「義仲穴」の映画ロケ地としても使われたんですよ。広く知っていただきたいですし、地元の方にとっては当神社を誇りに思っていただきたいですね。

 

伊勢神宮の鳥居譲渡を機に、子供神輿も復活

―伊勢神宮の第62回式年遷宮で建て替えられた鳥居を譲渡されたのも、町おこしの一貫ですか?

神社たるもの、奇をてらう、相手に迎合するというのは、してはいけないと思っています。伊勢神宮から鳥居をいただいたのは、伊勢神宮と同じ天照大神を伊勢神宮より早く祀っているなど縁があるからです。この10年、いろんな取り組みを通して氏子さんや地域の方々のご理解が深まってきたからこそ、単なる注目のためではない、意味のある譲渡だということをご理解いただけたのだと思います。昨年の竣功奉祝祭では、念願だった「子供神輿」を復活させることができました。子供たちに神輿を担いで鳥居の渡り初めをしてもらったんです。「子供神輿」は、今後も続けていきたいですね。

 

―神社が地域と一緒に盛り上がっていると感じます。

伝統を絶やさず受け継いでいく「伝統の記憶装置」の役割もあると思います。そして地域と繋がっているからには、今の地域に受け入れられる新しさも必要。神社は最も古いものと最も新しいものを感じられるところだと思うのです。いつでも誰でも受け入れる憩いの場であり、癒しの場でありたい。地域とキャッチボールしながら、神社と地域が両輪となって栄えていければと思っています。

 

 

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