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特集「ベストコレクション」

2016年3月1日

特集「春の麗らのベストコレクション」① 
伴奏者(1992年 社会派映画)

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監督 クロード・ミレーヌ

出演 ロマーヌ・ボーランジェ/リシャール・ボーランジェ/エレナ・サフォノヴァ

 

シネマ365日 No.1677

ソフィ、卒業だよ

クロード・ミレーヌ監督には、評価の高かった「ある秘密」や「テレーズ・デスケルウ」があるのですが、本作がいちばんいいと思うし、好きだな。主役のロマーヌ・ボーランジェを初めて見たのは「太陽と月に背いて」だった。彼女は22歳。可憐で健気な若妻を演じました。ヴェルレーヌの妻ですよ、例の、ランボーにいれあげてかけおちした…彼らの詩人としての業績と才能はともかく、映画で見る限りゴロツキ同然の詩人たちに比べ、寄り添うロマーヌの新妻ぶりは、まるで「豚に真珠」でした。本作のロマーヌは19歳。原作は亡命ロシア文学の最後の花ニーナ・ベルベーロワです。本作で美貌も才能もサクセスも手に入れる歌姫イレーヌは、原作者のシャープなイメージにそっくりです▼難をいうと、ロマーヌがあんまり可愛らしすぎて、ヒロインの本来の、これぞロシアの小説というべき、陰のエネルギーがサラッとしたものになってしまったこと。まあ仕方ないかな。ロマーヌにあわせてヒロインの年齢を若くしたのだけど。いいわ、映画本題にもどろう。1942年、第2次世界大戦下のフランス。ソフィ(ロマーヌ・ボーランジェ)は、美しいソプラノ歌手イレーヌ(エレナ・サフォノヴァ)の歌を聴き、心を奪われた。伴奏者になりたいと強く願い面接に行く。イレーヌはピアノをだれに習ったと聞く。ピアノ教室をやっている母からとソフィが答えると「お母さまが無名でも関係ないわ。わたしの伴奏者になると練習は1日最低でも4時間。海外公演もある」「平気です」占領下の冬のフランスで、贅をこらし暖かい部屋、豪華な調度、出入りするセレブたち。緊張のあまり失神したソフィに「食事しましょう」とイレーヌは微笑む。空腹のあまりだと察しをつけたのだ。イレーヌの出した待遇は破格だったが条件があった「いつもそばにいてほしいの。わたしは嫉妬深いの。独占欲が強いからわたしだけを見ていてほしい。恋人は?」「いません」「よかった。迷った子羊みたいに見えたけど、その視線は妥協を許さないと語っている。気にいったわ」こういうたいへんな女主人に、ソフィは誠実に仕えるのだ▼ソフィはイレーヌにとって誰よりも必要な存在になりたいと願う。彼女のコンサートはどこも大成功だった。しかし万雷の拍手を浴びるのは「いつもイレーヌで栄光も幸運も彼女だけのものだった。紙のように喜びを与え、天使のように微笑む。わたしは彼女に愛を感じながら憎しみも増していく。わたしの未来を握っているその態度。神からすべてを与えられたとでも?」愛憎半ばするのですが、愛のほうが強い。イレーヌの夫シャルル(リシャール・ボーランジェ)は、ドイツ人相手に商才を発揮するが、フランス人としての良心の呵責にも悩まされる。イレーヌには愛人がいた。アルジェリアではなく亡命先をロンドンと夫に主張したのも、愛人と会うためだ▼渡英する船で(密航だから貨物船だ)ソフィは青年から求婚される。自由フランスのために戦う愛国者である彼は、ドイツ相手に富をなしたシャルル一家をよく思っていない。ソフィと青年が肩をよせて話しているのを見てイレーヌは言う。「あなたが上の空なのはあの子が原因ね。彼は利口ぶったホラ吹きよ。わたしを見て。彼が好き?」「求婚されました。嬉しい気もします。結婚を考えてもいいかなと」「結婚してどうなるの。せいぜい彼の行く末は公務員よ」ソフィはさすがに色をなし「つまり、情熱と恋愛はわたしのガラじゃないと?」公務員だろうがなんだろうが、大きなお世話じゃない。でもソフィはイレーヌに向かうと蛇に睨まれたカエルみたいになって、求婚を断ったばかりか、鏡に写る自分にこう言うのだ「わたしの人生はイレーヌしかしない。彼女の歌と生活を見つめるだけ。何を期待して待つ? だれよりも必要な存在になれる。この目、火でもなんでもつけそう。わたしの役割を信じるのだ」▼ソフィともうひとり、イレーヌが人生のすべてだったのは夫シャルルでした。ロンドンに来てからソフィはストーカーのようにイレーヌの外出先をつけ、密会の現場を目撃します。人目を忍び、夫を裏切る日々に耐えられず泣くイレーヌを見る。動揺して家に戻るといるはずのないシャルルが、ぽつんと部屋にいて、ソフィに聞いた。「女であることは辛いか?」「はい、みなそう言っています」「だが男になることはできない…仕事で2,3日留守をする。妻をたのむ。わたしの命なのだ」。シャルルの自殺で事態は急展開。ソフィの母親が病気になり、介護が必要でパリに戻りたいというと、イレーヌはあれほどソフィに固執していたのにあっさり許す。ソフィは独身となったイレーヌが愛人と結婚するのだろうと見当をつける。戦争は終わった。「わたしの役目はない」とソフィ。「世界は通り過ぎ、わたしだけを置き去りにして」。深い喪失のなかにソフィは沈み込んでいく。ここで流れるのが「フィガロの結婚」の第4幕。庭師の娘バルバリーナが歌うアリアだ。劇中イレーヌが歌う美しいシーンは必見である。歌詞がこうくる「落としてしまった/もうわからないわ/見つからない/失くしたのね/どうしたらいいのかしら/もうなにもわからない」ソフィの喪失感は、故国を失ったニーナと通じるものがあるだろう。残酷な歌詞だが、この映画の救いはソフィが20歳であることだ。いくらでもやり直せる。ソフィがイレーヌに憧れ愛したものは、彼女の才能でも美貌でも財でも人気でもなく、ソフィがおずおずと傍観するだけだった人生を、ふりまわしわがものとし、存分に生きる強さだった。人はだれでもいつか自分だけの歌を歌う。それに気がつけば「伴奏者」は卒業だよ、ソフィ。

 

 

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