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特集「ベストコレクション」

2016年3月4日

特集「春の麗らのベストコレクション」④ 
黒い瞳(1988年 恋愛映画)

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監督 ニキータ・ミハルコフ

出演 マルチェロ・マストロヤンニ/エレナ・ソフォーノワ/シルヴァーナ・マンガーノ

 

シネマ365日 No.1680

開かれた真昼の門 

ロシア映画です。ニキータ・ミハルコフの監督は、アカデミー外国語映画賞の「太陽に灼かれて」が代表作でしょうが、小品の本作がとてもいいと思うのです。主人公ロマーノのマルチェロ・マストロヤンニはいうまでもないのですが(彼は本作でカンヌ国際映画祭男優賞)、ヒロイン、アンナのエレナ・ソフォーノワが絶品です。本作は彼女の数少ない出演作のひとつ「伴奏者」より5年前の作品で、彼女は32歳でした。「伴奏者」での、硬質のきわだった美しさに比べると、まだふっくらした幼さが表情に残っています。対してマストロヤンニは、なんでこう彼はいい加減でやさしい、やさしいが優柔不断という男の役が回ってくるのでしょうね。「ひまわり」では最愛の妻と別れ戦争でロシアの大地で死にかけ、運良く命拾いして世帯を持ち、身を賭してイタリアから探しにきてくれた妻ソフィア・ローレンを愕然とさせ、それだけですまず、イタリアまでローレンを追いかけてきたマストロヤンニは、夫も子供もいる女に「ふたりでやり直そう」なんて、キミそれはないだろ、とアッケにとられる調子いいやつ▼同じ大学で学んでいたロマーノとエリザ(シルヴァーナ・マンガーノ)は結婚した。妻はイタリアの大銀行の一人娘。ロマーノは建築を学ぶ貧乏学生。妻の実家は大反対。それでも幸福だった、最初はね。ロマーノの独白という形で映画は進行します。「義父の死にともないエリザは全財産と事業を引き継いだ。娘が産まれわたしは安逸な生活に馴染んだ。心地よい朝寝や、おしゃれや、身の回りを世話されることや、愛情さえも。義母はわたしのことを貧乏人の安食堂の息子、大金持ちの女と結婚できた幸運な男と25年間言い続けた」。ロマーノはエリザとケンカして湯治に出かける。ヒマを持て余したセレブたちが来ていた。彼はそこで孤独な影を宿す女性アンナと知り合う。アンナは、子犬を連れていた。本作はチェホフの「子犬を連れた奥さん」ほかの短編を組みあわせたものだ▼アンナとロマーノは一夜を共にする。壁に向かい低い声で歌っているアンナの、やせた背中。「灰色の/子猫が窓のそばで/ぴょんぴょんはねる/わたしの娘を寝かしつけておくれ/そうしたらお前に/ごほうびをあげよう」。ロマーノはさくさくスイカを食べている。男と女の「ことの終わり」の温度差がくっきり。ローマに戻れば愛の情事も消えると思っていた男は、離れていても歓びにあふれる思い出にとまどう。情事のあとアンナは出立し手紙が残されていた。「愛の前からわたしは逃げたのです。わたしが生涯かけて待っていたものから。わたしは平凡な女です。わたしの義務のために戻ります。それは不幸な家庭。アル中の父と二人の弟を養うためです。家のために愛のない男と結婚しました。でも彼にいつも貞節でした。あなたに逢うまでは。初めての幸福な愛からわたしはいま逃げています」。ロマーノは仕事を口実にロシアに出発する。1900年初頭のロシアだったから、外国人は自由に行き来できなかった。さんざん苦労してシソエフにたどりついたロマーノはアンナに再会した。なぜ来たのかときく女に「君なしでは生きられない」とロマーノ。「わたしもよ」とアンナ。ロマーノは「家に帰りすべて処理して戻ってくる。待っていてくれるね。ぼくは妻に話し、君は夫に打ち明ける。いいね。返事は?」「いいわ」。真夜中にもかかわらずロマーノは帰国の途につく。ロシアの田舎道も霧のなかをいく馬車もなんのその、情熱があふれている。帰国して妻に会う。妻は破産しており「ロマーノ、帰ってきてくれたのね、会いたかったの。この手紙をあなたの机からみつけたわ。ロマーノ、一生に一度でいいから本当のことを言って。ロシアに好きな女性がいるの?」▼カンヌの男優賞の決め手になったのは、おそらくこのシーンのマストロヤンニでしょうね。妻をみつめた夫はいうのだ。「いるものか」自分だけを頼りにしている女の前で、別れを言えなくなっちゃうのね。そしてずるずると8年。ロマーノの打ち明け話を聞いていた初老の男性は不審そうに聞く「もうひとりの女性はどうした」「もちろんロシアには戻らなかったよ。8年もたった、犬も死んでいるだろう。人は忘れるものだ。そう思えば人生は静かで平安だ」。男性は非難を込めて言った。「そうでない人もいる。わたしは子供の頃から妻を知っている。彼女は結婚したが不幸な結婚だった。7年前、モスクワで再会した。彼女は離婚し伯母と暮らしていた。わたしは彼女を愛したが、彼女は全然わたしを愛さなかった。7年の間に8回プロポースした。9回目に彼女は愛していません、でも貞節を尽くします、そう言ってうけいれてくれた。わたしは愛される魅力のない男だ。小心者だ。でもこの船が朽ち果てても、海が干上がっても、ふたりが築き上げたものは永遠に存在するのだ、この世のどこかに。彼女といて毎日が充足している。この思いは死ぬまで変わらない」▼毅然とした男の告白にロマーノはさびしげに自問する「今死んだら何を思い出す。子供のときの母親の子守唄と、初夜のときのエリザの表情とロシアの霧だ。ほかになにも覚えていない」人生はどこにあったのだろう。底なしの喪失。涙がこみあがる。男は言う。「妻にあってくれ。デッキで昼寝をしている。もう目が覚めたかも」。男が声をかける。妻は手を伸ばし、男の頬をなで、今何時かと尋ね身を起こす。優美な背中。水平線。髪がほつれゆっくりとふりむいたのはアンナだった▼よかったわ。アンナが幸福になって。ロマーノを責められないとは思うけど、結局アンナはホントのことダンナにいって離婚したわけでしょう。8回もプロポーズを断ったのはロマーノが戻ってくると信じていたのよ。でもアンナだっていつか男の正体、というのは酷過ぎるかもしれないけど、なにか事情があってもう自分たちはダメになったとわかったのね。でも今は夫の誠実な愛情に満ち足りている。クローデルに「真昼」という詩があるわね。「ときはいま真昼なり/われは見る/み寺の門の開かれてあるを」。アンナにとって真昼の門は開かれたよ。入って正解よ。ロマーノ? 破産したけど妻は遺産で再び大金持ちになり、家屋敷を買い戻し、ロマーノは離婚、旅客船の食堂でウェイターやっている。哀愁がたちこめる男。その天下一品がマストロヤンニね。

 

 

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