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特集「ベストコレクション」

2016年3月5日

特集「春の麗らのベストコレクション」⑤ 
トスカーナの贋作(2011年 ミステリー映画)

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監督 アッバス・キアロスタミ

出演 ジュリエット・ビノシュ/ウィリアム・シメル

 

シネマ365日 No.1681

堂々たる「いい加減」 

アッバス・キアロスタミって、イランを代表するというより、神格化に近い監督ですね。ジュリエット・ビノシュはかねがね、キアロスタミの映画に出たいと明言していました。それもアカデミー助演女優賞受賞後のインタビューですから、まるで「あんたらの映画じゃなく、キアロスタミなのよ」と聞こえるみたいでした。ジュリエット・ビノシュの「おやすみなさいを言いたくて」をみたとき、ビノシュにしたら(ああ、よかった、わかりやすい映画で)と胸をなでおろしたのですが、本作は(見ようか、見るまいか、どうしようか)と、手をだすのをかなり迷っていました。このふたりの監督・主演では、どう転んでもややこしい映画になるのでは…▼やっぱりそうだった。劇中ビノシュには役名もありません。作家の講演会に遅れてやってきた地元の田舎女(ジュリエット・ビノシュ)が息子を連れている。息子はうろうろ動きまわって母親は気が削がれ、作家ジェームズ(ウィリアム・シメル)の話「贋作 本物より美しき贋作」に没頭できず中座する。講演後、女が経営するギャラリーをジェームズが訪れた。おもしろい場所に連れて行ってあげるという女の誘いに「9時までには戻らないと」という条件で、ジェームズはドライブに出かける。立ち寄ったカフェで女は夫婦に間違われたとジェームズに言う。面白半分に夫婦を演じていたが、美術館の彫刻の見解の相違でネジレが生じ、気まずくなる。レストランで女は濃いルージュでメイクを直し、ジェームズは女をいたわり、ふたりは仲直りし、女が15年前に新婚旅行で泊まったホテルに連れていく。同じ部屋に入ったジェームズに、教会の9時の鐘が鳴るのが聞こえる…どうです? 何やっているの、この人ら? フツーにいえば夫婦ごっこでしょう▼キアロスタミの企みは導入部から始まっています。そもそも講演のタイトルは「贋作」です。「本物より美しい贋作」とくる。意味ありげでじつはなにもなさそうな映画のなかを、さんざん引っ張り回され、ゆきついたホテルでなにが起こるのか。男は9時までに出発点にもどらねばならぬ。えんえんドライブしてきたのだから、9時の鐘が鳴っているいま、間に合うはずなどない。あとなにがおこるか、ここで固唾をのみたいところなのに、ビノシュとこの相方に関しては、ふしだらな情欲も獣じみた愛情も、どこにも感じさせないまま、ふっつり映画はエンドに。まあ、なんといい加減、正直に言ってこれが実感なのよ。案外まちがっていないと思うわ。監督が示す、あまりにも堂々としたラストの「いい加減さ」って、他人の意見を求めて不毛の自分をつくる愚かさを嘲笑しているわ(笑)。監督とビノシュのシタリ顔に惑わされず、言いたいことをいわせてもらうなら「真贋なんかどうでもいい」のよ、この映画の主張は。夫婦ごっこでどこまでいって、セックスまでするのか、途中でばからしくなって現実に戻るのか、事実そうなりかけたけど、どっちにしたって本物よりニセモノが美しい場合は事実だし、バイロンなんか「人生は芸術を模倣する」なんて断言しているでしょう。それは達見であり真実なのよ。いちばん馬鹿らしいのは、本物か偽物かで振り回される人間のたよりなさよ。だからこの夫婦ごっこは、それによって幸福感を得られたのならそれでよし、現実に立ち戻ったならそれでよし、だからラストなんかあれ以外ほのめかしようがないの▼もっというなら虚実は混淆する。虚無がなければ現実は認識できない。単純きわまりないこの事実に、なんてふりまわされる人が多いでしょう。人生にはつくりごとや拵えものによって、幻想や空想によって救われる部分がたくさんあります。でもそれを「いいなあ」とか「うつくしいなあ」とか「やさしい気持ちになれたわ」とかいう感情でうけいれられるなら、それはその人にとって「本物の世界」になるのよ。芸術はしょせん作り事で拵え物だけど、人の心を幸福に、安らかにするにはとても大切な「偽物」なのです。キアロスタミとビノシュって、どこからみても、よくみかける人たち、バラエティ番組に出過ぎてニヤニヤしている芸能人には見えないでしょう。彼らはそのおもねりのなさにおいて、俗悪なエネルギーをキッパリ遮断しているところがとてもよく似ているわ。でもビノシュはやはりオスカーがうれしかったのでしょうね。受賞の対象になったのは「イングリッシュ・ペイシェント」の看護師役でした。役名はハル。彼女はそのあと産まれた娘を「ハル」と名づけています。

 

 

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