女を楽しくするニュースサイト「ウーマンライフ WEB 版」

  • facebook
  • twitter
  • line
  • rss
  • ブックマーク

特集「ベストコレクション」

2016年3月12日

特集「春の麗らのベストコレクション」⑫ 
Mammy マミー(2015年 家族映画)

Pocket
LINEで送る

監督 グザヴィエ・ドラン

出演 アンヌ・ドルヴァル/スザンヌ・クレマン/アントワン=オリヴィエ・ピロン

 

シネマ365日 No.1688

愛し、愛されるために

なんでもないものを意味ありげに撮る名人がグザヴィエ・ドランです。この映画で言うと、主人公スティーブがひとりで立っている後ろ姿、スティーブの母、ダイアン(アンヌ・ドルヴァル)が、スーパーの袋が破けて中身が道路にバラバラ、それをストップモーションのようにじっとした後ろ姿を映す。たいして意味などないのにありそうな気配がする。1対1の画角もそうだ。普通のスクリーンよりおもいきり狭めた窮屈な正方形。登場人物はみな、ストレスと不安に抑圧された四辺形のなかにいる、みたいである。おまけになんだ、冒頭出てくる字幕は「発達障害児の親は、経済的困窮や精神的、身体的危機に陥ったら法的手続きなしで子供を入院させる権利を保有する」つまり養育を放棄できる。これをいいたいために本作の舞台は「とある世界のカナダという国」になっているわけ▼スティーブは入所中の矯正施設の食堂に放火し、ケヴィンに重症の火傷をおわせた、手に負えないという知らせで、シングルマザーのダイアンは息子を引き取りにいく。新しい法律によってスティーブを別の施設にいれたらどうかと忠告されるがダイアンは拒否する。彼女は離婚した元夫の借金は家を売って返済し、掃除婦をして生活費を稼いでいる。息子を愛しているし、彼がいないときは寂しくて仕方なかった。ふだんは繊細なやさしい子だが、調子が狂うと暴れだす。診断はADHD。3年前父親が死んでから症状は著しく病院に収容した。スティーブの母親に対する感情は恋情にひとしい。母親を殴り、暴力をふるうときもあるが、発作が通り過ぎると「ぼくと踊ろうよ」といって母親と踊る。隣家のカイラ(スザンヌ・クレマン)はストレスによる吃音で2年間教職を休んでいる。スティーブの怪我を手当したのがきっかけで、スティーブの勉強をみることになった。多少の波乱はある。スティーブがカイラの胸をさわり、やめろといってもやめないスティーブにカイラがブチ切れ、「黙れって言っているのよ。頭をブチ割るわよ。これがのぞみでしょ。その通りしてあげるわ」で、なにをしてあげたのかは映らないが、とにかく3人の交流はうまく回りだした▼スティーブはいつか母親の愛を失うおそれにおののく。母親は「わたしのいちばん大切な王子様よ」と息子の不安をなだめる。ダイアンに訴状が届く。火傷を追わせたケヴィンの親が治療費を請求し訴えたのだ。25万ドル。ダイアンは息子を施設に入れる決心をする。カイラと3人、車で施設に向かうダイアンは、息子が社会復帰し、大学を出て結婚、社会人として巣立つ夢を幻想に描く。ここでワンショット、グザヴィエが成人したスティーブでカメオ出演しています。母親は息子にこういうシーンがあります。「あなたが問題ばかり起こすから、仕事もお金も人生も失った。薬代、保釈金、矯正施設費、訴訟費用、わたしは尻拭いばかり。でもいいのよ、スティーブ」「いつかママはぼくを愛さなくなる。それでもぼくはママの味方だ。世界でいちばん大切な人だから」。スティーブは自己嫌悪に陥りスーパーで手首を切る。走ってきた母親に「まだぼくたち愛しあっているよね」と言い、母親は「わたしたちにはそれしかないでしょ」と答える。なんと濃密な会話だろう▼カイラは夫の転勤にともない引っ越すことになった。ダイアンに「あなたと過ごした数ヶ月はかけがえのない時間だった。でもわたしは自分の家族を棄てることはできないの」…おいおい、グザヴィエ君、小出しにしたけど、ダイアンとカイラの「もうひとつの物語」があるのかよ。まあいい、本流に戻ろう。ダイアンがカイラに言うつぎのセリフこそは、本作でグザヴィエのいいたかったことだ「生き方は人によってちがうわ、カイラ。お互いに自分の選択をしたのよ。わたしが息子を入院させたのは、希望を持っているから。つらい状況でごくわずかでも諦めない人がいる。もし希望を棄てたら未来はない。すべては自分の選択よ。そう信じれば未来は開ける。わたしは負けない。なにがあっても自分もみんなが幸せであるように」▼グザヴィエがカンヌ国際映画祭審査員特別賞の受賞スピーチで同じことを言っています。「ぼくは愛し、愛されるために映画を作り、この賞にたどりつきました。審査委員長であるカンピオン監督の〈ピアノ・レッスン〉を見て、美しく意思の強い女性を描きたいと思いました。強い魂と力を持つ女性たちは犠牲者でも飾りでもありません。自由に表現する権利があるのに、クレイジーな映画業界ではそれを邪魔する人もいます。でもあきらめないで。世界は変わるのです。人を涙させ、笑わせれば、彼らの考えや人生は変わり、世界を変えられるのです。自分で諦めてしまわなければどんなことも実現できます」。彼の映画よりよっぽど手練手管のない、単純で明快なスピーチでした(笑)。

 

 

Pocket
LINEで送る