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シネマ365日

2016年3月18日

特集「純愛物語」⑤ 
愛に関する短いフィルム(1988年 恋愛映画)

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監督 クシシュトフ・キェシロフスキ

出演 グラジーナ・ジャボロフスカ/オラフ・ルバシェンク

 

シネマ365日 No.1694

愛が見えた 

特集「純愛物語」

胸に沁みるいい映画だったわ。登場人物はほぼ3人、87分という短い尺の映画が、異様なほどの高密度で、最初から最後まで、1分も脇見させない。セリフもぽつり、ぽつりと短い。スクリーンに映るのは、無味乾燥なマンモス集合団地の窓と部屋だ。物語ともいえない単純な筋立てで、映画が進むうち、わたしたちは自分たちの経験が教えてくれた「愛」と、この映画が目の前に差し出してくれる「愛」について比べている。そしていきなり、愛についてのなんの明察も確信も与えられず、なんの予感もなく、ただただ、ラストシーンの美しさに胸をうたれているのだ。キェシロフスキ監督の作品は少ない。心臓発作のため54歳で亡くなったし、長編映画よりテレビのドキュメンタリーの経歴が長かった。よく知られているのはフランスで製作した「トリコロール三部作」だろう。しかしそれに先駆けること5年、この映画しか残さなかったとしても、忘れることのできない映画になっていたと思える▼19歳の郵便局員、トメク(オラフ・ルバシェンク)は、毎晩8時半になると高層住宅の自分の部屋から向かいの窓を望遠鏡で覗く。窓に住む女性は画家のマグダ(グラジーナ・ジャボロフスカ)だ。覗きを初めてかれこれ1年になる。彼の友人が、国連の派遣で紛争地に赴任したあと住み着いたもので、友人の母親は、トメクを息子のように親切にしている。彼女にとって、不在の息子にかわり、トメクは孤独をまぎらす大事な人物なのだ。為替のニセ通知書でマグダを郵便局にこさせたり、牛乳配達をしたり、マグダの男につかまって殴られたりしながら、トメクはマグダと言葉をかわす機会を得る。マグダはトメクを部屋に入れ「なぜわたしをつけまわすの?」と聞く。「愛しているから」というトメクの答えに「ふふ」マグダは鼻で笑う。「本気だ」「何が望みなの?」「わからない」「キスが欲しい?」「いいや」「寝たいの?」「ちがう」「じゃ、わたしと旅行したいの? 何が欲しいの?」「なにも」「何も?」トメクは走って部屋を去り、屋上の凍った氷でほほを冷やし、もう一度マグダの部屋をノックする。現れたマグダに「今度アイスクリームを食べにいきませんか」と頼む。承諾の返事を得たトメクは、踊るように帰る▼「あれは久しぶりに聞く言葉だったわ」とマグダ。「愛しています」とトメクは繰り返す。アイスクリームの店を出てマグダの部屋に行く。トメクは女の部屋が珍しくていねいに眺める。部屋着に着替えたマグダ。トメクのプレゼントを「わたしは悪い女よ。もらう資格、ないわ。どんな女か知っているはずよ」「かまわない。愛しているんだ」「ほかになにを見た?」「あなたは男と寝た」「あれは愛じゃない。セックスよ。体験は?」「ない」マグダはトメクの服を脱がし「女が男の体が欲しくなると濡れてくるの。いま濡れているわ。きれいな手をしているのね。こわがらないで」。ゆっくりとトメクの手を導くが、トメクはマグダの太ももの内側を触っているだけでこらえきれなくなる。「イッたの? これが世間でいう愛の正体よ」▼欲望を射精する身も蓋もない「愛」は、トメクには刺激が強すぎた。やりすぎたと思ったマグダは、大きな白い紙に「悪かったわ」と書いて窓に張る。しかしその夜トメクは手首を切って自殺を図った。トメクを傷つけたことを詫たく、マグダは退院したトメクを見舞い、眠るトメクのそばにいたいと思うが、母親はマグダの手すら払いのけ、ふたりきりにさせない。マグダはトメクの部屋に入る。トメクが毎夜覗いていた望遠鏡で向かいの窓を見る。自分の幻が見えた。牛乳をこぼしたテーブルの白い液を指でこする。あの夜、泣いた。泣いた自分をトメクは見ていたのだ。郵便局から自分を追いかけてきたトメクは「あなたは泣いていた」と言った。なぜ知っているのか、それを尋ねたのが、言葉らしい言葉を交わした最初だった。ここから見ていたのね。泣いている自分の背中がみえる。その傍らに立って、肩に手をおくのはだれ? トメクだった。幻を見るマグダの頬を涙が伝う。愛が見えたのだ。マグダの心に像を結んだ愛が。

 

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