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シネマ365日

2016年3月19日

特集「純愛物語」⑥ 
ビフォア・サンライズ ~恋人までの距離~(1995年 恋愛映画)

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監督 リチャード・リンクレイター

出演 イーサン・ホーク/ジュリー・デルピー

 

シネマ365日 No.1695

饒舌なおしゃべり映画 

特集「純愛物語」

ビフォア三部作の第一作。率直な感想をいえば、これオーストリア政府観光局のプロデュースなの? 主人公たちが歩く古きウィーンの街並みがよかったわね。栄光のハプスベルク帝国の残照を残した古都が背景なら、多少とんちんかんな映画でも絵になるわね。本作は、しゃべくり映画とでもいえばいいのでしょうか。主人公ふたりがのべつ幕なし、会ってから真夜中の公園で一夜をともにし、夜明けがきてウィーン駅で別れる、セリフが途切れるのはヒロインのセリーヌ(ジュリー・デルピー)が、ジェシー(イーサン・ホーク)の膝で夜明けのひとときをまどろんだあいだだけ。連射するセリフが理屈っぽかったり、歯の浮くようにきれいだったり、この映画を〈ふたり劇のセリフ劇〉だと思えば、多彩なセリフの、芸の細かさをほめるべきなのだろうけど、いい加減、うんざりしたわ。どうとかこうとか、面倒くさいことをアレコレいいながら、セックスに至ったときは「やれやれ、これで少しは黙るのでは」と思った▼ウィーンって観光客用かもしれないけど、真夜中のパブって満員なのね。石畳の夜道を明け方まで歩けるくらいだから、治安はいいのでしょう。「第三の男」で見た大観覧車から夕暮れの市街とドナウ河が見える。ここでセリーヌが「わたしにキスしたい?」なんてきくのは絵葉書みたいなシーンね。セリーヌは子供のころウィーンに来たことがある。小さな墓地を訪ね「ここは名もなき人の墓と呼ばれているの。葬られた人の多くはドナウに浮いていた人たちよ。船の事故か自殺して。だれも知らない死って素敵。わたしの死を知らないなら、わたしはその人のなかで生きているってことよ。この少女のお墓を見て。彼女は13歳よ。わたしも13歳だったからよく覚えているの」こういうお話からとめどなく話題は広がるのだ。「人生のもどかしさを受け入れなさい。自分自身のなかに平和を見いだせば、他人との真の関係を見いだせる」とか、「わたし自身のイメージは身を横たえ死を待つ老婆なの。人生はもはや過去の彼方」と23歳のセリーヌが言う。人生の耳年増というのでしょうか。対してジェシーが「僕のイメージは13歳の子供だ」「じゃここで話しているのは老婆と少年ってこと?」(ばからし)▼そうそう、始まりはユーロエキスプレスの車内です。席が向かい合わせになり、言葉をかわすうち、意気投合、セリーヌはパリへ、ジェシーはウィーンで降りるはずが、いっしょに街を歩かないかとジェシーが誘う。そのときのセリフとくると「バカみたいだけど、今いわないと後悔しそうだから言わせてほしい。もっと君と話がしたい。君の生活は知らないけど、僕たち、とても気があうと思う」「確かにそれはそうね」「決まりだ、いっしょにウィーンを探検しよう」ただのナンパにこの修辞力。ボキャ貧の若いやつにはマネできん。川のほとりにいた青年が話しかける。「僕に言葉をくれ。それを詩にするから、気に入ったら金をくれ」。つまり即興詩人です。ミルクセーキという言葉を受けて青年はなにやら書きつける。夜のとばりが降りるころだ。「白日夢の妄想。長過ぎるまつげ。その美しい顔。グラスに涙をそそぎ、大きな瞳でぼくの心を読む君は、甘いミルクセーキ。ぼくは迷える天使。幻想のとりこ」ふたりは気に入ってお金を払う。夜は更けていく。延々と会話は続く。自分の身の上や、人生観を話しふたりの心の距離は次第に縮まる▼セリーヌは汽車を降りたときからジェシーと寝てもいいと思っていたのですって。ジェシーの目的なんか最初からそれよ。タラタラ街を歩きながら、頭のなかはセックスでいっぱい。お金がないからホテルには泊まれない、だから「夜明けまで歩こう」という前提で降りたウィーンだけど、いよいよ真夜中になり、このままだとなにもしないまま、朝が来ちゃう、たぶんあせったと思うのよ。「朝がきて、わたしたちはカボチャに戻る前に、せめていまだけでもわたしにガラスの靴をはかせて」とか「子供が産まれて初めての呼吸をした瞬間、ぼくは思った。この子もいつか死ぬんだ。物事には終わりがある。だからいまこのときが貴重なのだ」「今夜のわたしたちもそう、朝がきたら二度とあえないのだもの」くどくどと会えない、会えない、これきりと念を押している。そんなに好きならいっしょにアメリカへ飛ぶなり、パリへ行くなり、さっさと身の振り方を決めたらどう?▼ふたりは無事公園で目的をとげ、ウィーン駅へ来ました。ここでまた、好きだ、好きだ、離れたくない、別れたくないのと押し問答。連絡先を教えないのは、今が最高のときで、ぐちゃぐちゃ引きずっていると、ケンカしたりマンネリになったりして、思い出をぶち壊すからですって。それが実生活だろ、きれいなトコだけで人生がなりたつと思っているのかよ。でもそれはあとの話らしい。かれらは半年後同じ場所で会う約束をしました。どうなるか、そんなことは知らない、でも列車が出たときは、饒舌なおしゃべりから解放されほっとしました。

 

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