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シネマ365日

2016年3月20日

特集「純愛物語」⑦ 
ビフォア・サンセット(2004年 恋愛映画)

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監督 リチャード・リンクレイター

出演 イーサン・ホーク/ジュリー・デルピー

 

シネマ365日 No.1696

勝手に歌ってな 

特集「純愛物語」

三部作の二作目。ウィーン駅で別れて9年たちました。ということは半年後に会う約束は果たせなかったのね。ジェシー(イーサン・ホーク)は駅で待っていたのだけど、セリーヌ(ジュリー・デルピー)が来なかった。再会してから彼女の祖母が亡くなり、ブタペストの葬儀に参列のため、行かれなかったと聞かされる。9年の間にジェシーは結婚、4歳の息子がいていまは作家だ。新作のキャンペーンでヨーロッパに来て、パリの本屋で「著者が語る会」に出て、自著にサインしたりしている。ふと気が付くと本棚のそばに立ち、自分を見つめているセリーヌがいた。夢か。セリーヌは恋人がいた。報道写真家でいつも紛争地を飛び回っている。夕方の飛行機にのらねばならないジェシーは、つかの間の時間を、セリーヌとおしゃべりして過ごす。例によって会話、会話、会話。ふたり劇・会話劇のスタイルは毫も変わらない。一作目はそれも少しは面白かったが、9年間の積もる話を聞かされるのは苦痛でした▼ジェシーの結婚もセリーヌの恋愛も、うまくいっていないとわかる。ジェシーは「9年前のあの日に、なぜ君のおばあさんは亡くなったのだ、3日前か、2日あとではいけなかったのか…ごめん、君はぼくより辛い目をしたのに」とか「ニューヨーク大学に2年いたの。パリの人は気難しいけど、アメリカ人はなじみやすいのね。最高だ、とか素敵だとか、すぐほめてくれるわ」。ニューヨーク大学の留学はジュリー・デルピーの実体験です。この際限なくセリフの多い映画の脚本は、監督のリチャード・リンクレイターと、イーサン・ホークと、ジュリー・デルピーの3人が共同で書き、アカデミー脚色賞に3人ノミネートされました。へ〜。リンクレイターはともかく、イーサン・ホークは脚本も書き、監督もやる才人なのね。ジュノー・デルピーとくると、本作で劇中歌う歌は彼女の自作ですし、監督も脚本もやる才女ですって▼才人・才女がいかにも楽しげに作ったって映画ね、これは。本作の前に「ウェイキング・ライフ」を同じ3人が作っていて、その作業があまり楽しかったことが本作につながったっていうから、よっぽど気が合うのでしょうね。ウィーン駅の別れから9年というのは、現実でも同じ時間が経過しており、デルピーはともかく、イーサンがガタッと老けています。無理ないわね。彼は当時ユマ・サーマンと結婚していましたが、本作の直後離婚しました。ジュノー・デルピーの存在が離婚の誘引ではと、もっぱらの噂になり、イーサン側は否定したものの、ユマ・サーマンとジュノー・デルピーがそもそも犬猿の仲だったことがまことしやかな離婚説につながったみたい。おっと、映画に戻ろう。空港へ行かねばならないのに、ジェシーは長々とセリーヌと話し込み、離れる様子がない。お話の内容はだんだん具体的になってきて「ぼくの結婚生活は4年間でセックスは10回以下」とか「妻は立派な教師で、いい母親で美しい。同じ大学でつきあっていて、彼女が妊娠したから結婚した」つまり「できちゃった婚」です。今の結婚に悔いがありそうに、幻滅と不満をほのめかす口調は、男の狡さの典型ね。セリーヌだっていい勝負ですよ。「不思議ね。そのときはなんとも思っていなくても、細かいところに目がいって、感動して忘れられなくなる。ヒゲに赤い毛がまじって、朝日に当たって光っていた」とか。ジェシーはこうだ「あの日のことを、小説を書いたのは、君にあうためさ。小説が世間にでたらきっと君が読むにちがいないと…あの日、なぜウィーンに来なかったのだ。ふたりが出会っていたら人生は違っていた」「そしてお互いを嫌いになっていたかもしれないわ」。3人の脚本家が思い思いのことを好き放題、会話にしているのだから、いつまでたっても収拾がつかない顛末は前作に同じ。いや、この映画はもっとひどい。空港へ行くぎりぎりの時間までジェシーはセリーヌのアパートにいて、思わせぶりな微笑をたたえ、セリーヌがギターの弾き語りをする。これがデルピーの自作自演だ。「ワルツを歌わせて/一夜限りの恋のワルツを/あなたにとっては一夜限りのこと/わたしにはちがう/あなたとのあの夜は/ジェシー」。「ここでエンドだ。お茶を飲んだりする。下で待たせているタクシーはどうするつもりか。観客不在とはこの映画のことだろう。勝手に歌ってな。

 

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