女を楽しくするニュースサイト「ウーマンライフ WEB 版」

  • facebook
  • twitter
  • line
  • rss
  • ブックマーク

シネマ365日

2016年3月23日

特集「純愛物語」⑨ 
親密すぎるうちあけ話(2004年 恋愛映画)

Pocket
LINEで送る

監督 パトリス・ルコント

出演 サンドリーヌ・ボネール/ファブリス・ルキーニ

 

シネマ365日 No.1699

「語り」に耳を傾けてしまう 

特集「純愛物語」

パトリス・ルコントは「旅行癖もなく、脱線癖もなく、争いを好む癖もなく」これが少年のころからの彼の黄金率だったと、ジャック・ジメールの「トゥルー・ストーリー」にある。彼の映画をみるとなるほどと思う。おだやかな人間性、飾り気も執着もない、仕事熱心な主人公たち。本作の税理士のウィリアム(ファブリス・ルキーニ)はいつも背広を着てネクタイを締めている。これはパトリスの父親そのものだった。彼は医師で、いつもワイシャツを着てネクタイを締め、いつ何時であろうと患者のもとにかけつけた。誠実で、仕事に情熱的な父親を、パトリスは尊敬していた。シャンソン歌手のジャック・ブレルが「イヴォンヌの香り」で引用した人生訓「大きくなったら自分の好きな仕事をしていいのだよ。ただし、決めた仕事はちゃんとするのだよ」にパトリスは大いに共感し「完璧な人生訓」だとベタ褒めした。要は自分律で動く人間であることが、パトリスの理想なのだ。ほかからどう思われようと。仕立屋も髪結いの亭主もイヴォンヌも、本作の税理士も。彼らは反乱も内紛もトラブルも起こさず、競うこともなく、自ら身につけたやり方で生きていく。パトリスはあらゆる争いを毛嫌いした人なのである▼なかでも父親のキャラを色濃く反映させた本作は、いかにも「パトリスらしい」恋愛観をよく表している。予約した精神科医の部屋と間違えて入ってきて、いきなり離婚の相談をするアンナ(サンドリーヌ・ボネール)を、ウィリアムは最初、税金にからむ離婚問題かと思う。まもなく彼女が勘違いしていることがわかるが、矢継ぎ早に話を進めるアンナは、話すだけ話し「ではまたこのつぎに」と言ってさっさと帰ってしまう。何度かの訪問で、ウィリアムは、すっかり彼女の話の聞き役になる。事実がわかってアンナは怒るがつぎは自分の意思でウィリアムを訪れるのだ▼愛情とはなんだろう。パトリスの映画をみていると、どんな恋愛映画にもない、ありふれたなりゆきが、ふたりの距離を縮めていくのがわかる。彼らはセックスするわけでもなく抱き合うわけでもなく、手も握らない。お互いの立場や過去を探るでもない。話すにつれて自然とわかる事情はあるが、それは無理やりききだしたものではない。ただ話をしていて聞いていやすく、話しやすいのだ。話の最中にわりこむこともせず、内容を否定もせず、善悪の判断もおしつけない。変化がないといえば、ウィリアムの毎日こそ税務ビジネスで応対するだけの、変化のない日々だ。アンナの離婚話は夫が事故にあってからセックスできなくなり、夫の言う「他の男とやれ」という内容は確かに刺激的だったかもしれない。しかしもともと、パトリスの映画には「仕立屋の恋」もそうだったが、「覗き」、つまり自分を相手にわからせず、相手のことを逐一覗知したい、という変態的なところがある。本作だって途中までは税理士の「覗き本能」といえばいえなくもないのだ。アンナの生い立ちは幸福ではなかった。14歳で学校を退学、16歳で家出。トレーラーの家は、母親が太陽を追って南に移動し、夜になれば男を引き入れた。アンナはバレリーナをめざし、教室に通ったことがあった。そしてペダル付きバイクでビーチを走る、それが唯一夢らしい夢だった。ある日アンナがいつものように訪問した。夫と別れるという。だれと暮らそうと幸せになってと、ウィリアムは別れを告げる▼ジャンヌはウィリアムの元妻だ。新しい男をウィリアムに紹介したが、ウィリアムは彼が嫌いだった。遠からずジャンヌは言う。「彼との関係は空虚で、抱かれていても孤独だった。世の中には大勢の男がいるとあなたは言ったけど、実際にはあまりいないのよ」。そんな会話をかわしているとき留守電が入った。アンヌだった。「ウィリアム、今日もネクタイをしてデスクに座っているの? わたし、新しい人生を生きるわ。もう迷える少女じゃない。あなたといっしょにいるとなんでも気楽に話せたの。こんなこと、初めてよ。遠くへ行くわ。やり直すために。あなたのおかげよ。部屋をまちがえてよかったわ。列車が来たわ。切らないと」▼数ヶ月か数年後か。ウィリアムは新しい事務所を構えた。アンナはバレエ教室で子供たちを教えている。手紙がきた。アンナが行くとそこはウィリアムのオフィスだった。「どうやってわたしを?」「君が教えてくれた、例の天気予報の電話番号にかけた。天気予報を聞いていて思った。君はお母さんに連れられていった、南の方に行くだろうと。そこでバイクで走れるビーチのあるところを探した」「わたしの言ったこと、全部覚えているの?」「なぜあなたを探したのか…またあなたの話を聞きたくなって」「わたしもよ、あなたに話をしたかったの。なんの話だったかしら」。不倫という障壁もドラマチックな盛り上がりも命がけの恋でもないのに、パトリスの語る「大人の純愛」に、わたしたちは耳をかたむけてしまう。

 

Pocket
LINEで送る