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特集「神も仏もない映画」

2016年3月24日

特集 「神も仏もない映画2」① 
善き人(2008年 社会派映画)

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監督 ビセンテ・アモリン

出演 ヴィゴ・モーテンセン

 

シネマ365日 No.1700

さいなまれる無力感 

ナチの台頭とともにヒトラーの独裁が進む1937年のドイツ。ベルリン大学で文学を教えるハルダ―(ヴィゴ・モーテンセン)教授を、妻ヘレンは「台所の天使」と呼ぶ。彼女はピアノ教師。ハルダ―は息子に頼り切る認知症の母親と、育ち盛りの息子と娘をかかえ、毎朝台所で奮闘する。フライパンをかきまぜ、子供たちに食事させ、母親が「ジョン」と呼べば「はーい、母さん」と飛んで行く。妻の父もベルリン大学で数学の教授だ。ハルダ―はある日、学部長に呼ばれ「ナチに入党しなければ失業だぞ」と引導を渡される。ハルダ―の親友のモーリスはユダヤ人だし、ナチのしめつけを快く思っていなかったハルダ―は迷う。まもなくナチ本部から呼び出しがあった。検閲部長は「総統が君の論文に関心をよせておられる」。ハルダ―は人道的な見地から恩寵の死が認められてもよい」と書いていた▼検閲部長は、ハルダ―の論文を引用すれば、「恩寵の死」が人道に反していないと国民に示せる、というわけで、さらに入党のプレッシャーをかけられる。女子大生のアンが、ハルダ―の授業が面白いと大学の教授室にやってきた。若いきれいな子にファンだといわれ、ハルダ―も悪い気はしない。そのうちある雨の夜中、アンはビショ濡れになってハルダ―の自宅を訪問する。もちろんどっちもその気になるのだが、ハルダ―は「勃たなかった」とモーリスに説明したものの、こうなったらあとは時間の問題。妻は義母の介護から逃避してケアはハルダ―に任せっぱなし、ハルダ―が「ちょっと聞いてくれ」と話しかけても、ピアノから離れない。ハルダ―は妻と別居する。別居とは、ハルダ―と母が出て行くことなのだが、母親はヘレンに「悪妻だから棄てられたのさ」と毒を吐きながらプイ。こんなとき頭はしっかりするのだ。ハルダ―は入党し学部長に昇進、親衛隊の大尉にもなった。モーリスは日に日に危険になっていくベルリンを離れ、パリに行きたいから協力してくれとハルダ―に頼むが、ハルダ―は動こうとしない。「なんて冷たい男だ。おれが毎日のように屈辱を味わっているのに。たのむからパリまでの切符を買ってくれ」と金を渡す。さすがにハルダ―は駅へ行く。ばったり出会った親衛隊の友人はハルダ―に「悪いことはいわん、出国はやめておけ」と忠告する▼要するにハルダ―とは長いものに巻かれる人なのです。なんら抵抗なく。ユダヤ人への排撃がいよいよ強くなり、これは放っておけないと、ハルダ―はかなり苦労してパリ行の切符を手に入れ、モーリスがきたら渡せと妻に預けて本部に行くのだが、これが裏目にでた。妻は切符ではなくモーリスを、警察の手に渡すのです。1942年、ハルダ―は収容所のひとつにモーリスがいることをつきとめ、もっともらしい公務をこしらえ車を飛ばしていく。しかし収容所の担当官は、特定のひとりを探すのは不可能だと言う。3万人のユダヤ人が収容され、毎日処刑され、また新しいユダヤ人が送り込まれる、だれがいつここへ来て、生きているか、死んでいるかなどとても把握できないと。ハルダ―は幽鬼のようになって収容所のなかを歩くモーリスをみつけるが、彼はハルダ―を識別できなかった。ふらふらと列を組んで歩く縞柄の服をきた男たちは、歩きながらもバタバタと倒れていく。建物の隅をみると、そこにも遺体が転がり、柵の中にも外にも動かない体が横たわっている。ハルダ―は思わず「現実か…」とつぶやく▼かなりうまく変節していくように見えるのですけどね、ハルダ―は。しかしもし、自分があの時期、あの立場にいたらほかにどんな行動がとれたか。優柔不断かもしれないし、友人を助けられなかったことは責められるとしても、ハルダ―としてはナチの目をくぐって、できるだけのことをやり、生き延びることは生き延びたのね。さっさと別居してアンと再婚するところなど、なんだ、こいつ、調子いいやつだと思うけど、彼の妻も、イヤなしんどいこと全部、夫に押し付け「台所の天使」なんて、うまいことおだてていたわけだから、ハルダ―のことばかり言えないわ。静かな映画だから、どこにも激しい憎悪や告発や銃撃戦はないのだけど、じわじわ堆積してくる、同じ人間としてのやりきれなさはたまらない。どこをみても、救われる人がいないのだから。映画をみてただひとこと、うかんできた言葉は「無力」。二度と見たくない映画ベストテンの高位ランクまちがいなし。

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