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特集「神も仏もない映画」

2016年3月26日

特集 「神も仏もない映画2」③  
仕立屋の恋(1992年 恋愛映画)

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監督 パトリス・ルコント

出演 ミシェル・ブラン/サンドリーヌ・ボネール

 

シネマ365日 No.1702

一緒にいられるだけで幸せです

原作がジョルジュ・シムノン(「イール氏の婚約」)で、監督がパトリス・ルコントです。どっちもお気に入りの主人公にタイプがありまして、お金でも地位でも名誉でもない、自分の心の満足に最大の価値をおく人間。男でも女でもね。かれらは得てして嫌われていたり、偏屈であったり、非社交的で世間に溶け込めないが、それで困るふうでもない。「自分の納得」に心の安住を感じるのであるから、他人の思惑やそしりなど屁の河童である。これまで映画化されたシムノンの小説に「帰らざる夜明け」「倫敦から来た男」「離愁」などがある。「離愁」なんか「そんな女、知らない」と言ってしまえばゲットー行きは免れたのに、男にはできない。その女を愛したことが自分の人生のすべてだった、それを認めることによって死が待っていても「納得」する▼主人公の仕立屋イール(ミシェル・ブラン)が嫌われ者であるのは、彼がユダヤ人で、フランスの反ユダヤ体制によって多くのユダヤ人が抑圧された。ルコントは話をすっきりさせるために、極力政治色を加えていないが、イールが人嫌いなのは自己防御である。彼はボウリングの名手でボクシングの試合も見に行けば、アイススケートもやる。こんなスポーツ好きはまずウツにはならないし、陰陽どちらかといえば「陽」だ。ただ自分が世間で目立つとどんなひどい目にあうか知れない、だから人との接触を断ち、余計なトラブルを引き込まないよう細心の注意を払っている。イールが覗き趣味の変態と受け取られやすいが、彼は「観察が趣味」で、駅に来ては行き交う人を見るのが好きだと自分で言っている。監督の「むっつり助平」のほうがよほど隠微でエロチックだ(笑)。イールが向いの窓の美女アリスのすわったベッドの匂いをかぎ、顔を埋め、満員のバスのなかでアリスの胸をさわるとか、ボクシングの試合中もっと大胆に手を伸ばすのだが、湿っぽい日陰にひとりでいないと結実しない「シイタケ」みたいな愛ね▼イールはアリスがなにもアクションを起こさなければ平和に、窓から覗くアリスだけをみて「納得」していたのである。ところがアリスの恋人が人を殺し、アリスの部屋に逃げ込んできて、アリスは証拠隠滅を手伝った。イールが毎日覗いていたことを知ったアリスは、事件の当夜のことを彼がどこまで知っているのか聞き出したい。そこで近づいて親しくなるのだが、イールはアリスの策謀がわかっていながら「だれとも親しくしない」自分の掟を破り、距離を縮めてしまう。アリスの恋人は若くて精力的で、魅力的だが、アリスが結婚してくれと頼むと返事を渋る。イールはこう言う。「ローザンヌに家がある。広くはないが清潔だ。切符が2枚ある。永住する。君に会おうか、迷った。話題に困るだろうと。でもこうして話している。君はわたしが好きで会っているわけじゃない。なぜわたしにやさしくする。恋人のためか。彼はあの夜君に殺した女の血を拭かせていたね。全部見ていたよ。それでもわたしにやさしくできるか。ひとりで涙があふれてくるときがある。そんな予感がするとここ(駅)へ来る。特定の女はいない。娼婦が近づき服を脱がせる。背中に女の乳房が触れる。欲望が高まると女は腰のタオルを取り、身を任せる」▼イールはアリスの返事を期待せず続ける。「今は娼婦と寝ない。君が引っ越してきてから、君に恋したから。だから事件のことを警察にも届けなかった。通報したら君も共犯だ。君を失いたくない」。いっしょにいくというアリスをおいて恋人は高飛びした。棄てられたアリスに「君はわたしと逃げるべきだ。君の恋人は卑怯だ。彼を思う気持ちはわたしが忘れさせてみせる。初めは愛さなくてもいい。時間は充分ある。君のペースで愛せばいい。強要しないからね。君を守ってあげるよ。信じてくれ。どこのだれよりも愛してみせる。ぼくの人生を捧げる。君の笑顔が大好きだ。わたしは約束を必ず守る。君を棄てたりしない。中央駅7時12分発の列車だ」アリスは切符を受け取る。彼女は現れなかった。トランクをさげイールは部屋に戻った。待っていたのは刑事とアリス。アリスは被害者のバッグをイールが持っていると偽証し、恋人の罪をかぶせたのだ。なにもかも白日の元に曝け出された。アリスの正体もホンネも。イールを見つめるアリスの底意地の悪い目。その視線を受けてイールは言う「笑うだろうが、君を恨んでいないよ。ただ切ないだけだ。君は歓びを与えてくれた」▼イールは屋根から墜落して死ぬが自死というほうが近い。ただただ切ないが、この映画はイールの言葉で結ぼう。イールはアリスが駅にくると信じていた。そのために証拠品の所在を手紙に書いて刑事あてに出していた。「あなたがこの手紙を読むころわたしたちは国境を越えています。殺人の夜犯人が着ていた血のついたコートがあります。血を洗ったのは彼女ですが、彼女は殺していません」イールは目撃した事実を述べ、アリスと暮らすことを祝福してほしい、「わたしたちはいっしょにいられるだけで幸せなのです」。イールよ、以って瞑すべし。

 

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