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特集「神も仏もない映画」

2016年3月31日

特集 「神も仏もない映画2」⑧ 
ザ・トライブ(2015年 社会派映画)

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監督 ミロスラヴ・スラボシュピッキー

出演 グレゴリー・フェセンコ/ヤナ・ノヴィコヴァ

 

シネマ365日 No.1707

空気が冷たくなる

セリフなし、字幕なし、音楽なし。映像が語るのは無音と無言の世界。かくも雄弁に愛と虚無を言葉なしで語っていく進行に目が離せなくなる。セリフという映画の、最強の武器のひとつを奪いながら、圧倒的に勝利した本作に心からの敬意を。オープニングからさびれた町が映し出される。壁には落書き、大きなゴミ箱からゴミはあふれ、主人公セルゲイ(グレゴリー・フェセンコ)がたどりついた施設は荒れてわびしい。壁のタイルはちぐはぐな色で補強され、ところどころ落剥し、玄関には吹き寄せた枯れ落ち葉が溜まる。まるで廃墟だ。そこは聾唖者専門の寄宿学校だった。講堂では学校の行事である祝賀会が開かれ、数十人の全校生徒が花束を渡され、校長や職員に送られ、嬉しそうにホールから出てくる。セルゲイは校長室に行き、手続きを終えて男子寮の自分の部屋に行く▼タイトルの「ザ・トライブ」は「悪のグループ」とでもいうのか。学校には恐喝・売春・強盗を収入源とする裏社会のヒエラルヒーが形成され、元締めは木工細工の教師、グループのリーダーはキングとよばれる上級生、その下部にいるシュールがセルゲイと同じ部屋だ。セルゲイは有り金全部まきあげられ、新入りは、最初の夜は廊下で寝るのだと部屋から追い出される。キングらがたむろする裏庭によびだされ、歓迎会がわりの殴り合いをやらされる。ケンカではなく「顔は殴らない」「急所は攻撃しない」などいくつかルールはあるが、1対3だからで勝ち目はないと思えたが、セルゲイは意外と敢闘し、仲間であることを認められる。アナ(ヤナ・ノヴィコヴァ)と同室のシヴィエトカは売春する。ふたりともウクライナから脱出しイタリアで暮らすことが夢だ。そのためのお金を貯めるのだ。ふたりの少女をバンに乗せ、長距離トラックの駐車場に連れてくる。数十台ものトラックが止まっている。トライブのひとりがトラックの運転席に合図し、女の子たちを見せ、合意だと運転席に入る。いつもの手引する生徒が事故で死に、セルゲイが後任になった。厳寒の駐車場で待つセルゲイに、トラックの座席で、後背位で相手をしているアナが見える。セルゲイがアナに伝える(もうあんなことやめろよ、ぼくとセックスしよう)。アナは激しく手を動かす手話で答える。(ばかね。わたしはタダではやらないの)。(タダではない、金はある)まあそういうところだろう。セルゲイからお金をもらったアナはボイラー室に入る▼全編これ安らぎやうるおい、平和と憩いなど、どこをさがしてもない映画であるが、最たるシーンのまずひとつは、ボイラー室でのセックスだ。索漠として情緒などかけらもない、やるせない欲望だけが猛々しく、妙に力強い。アナが下半身だけ露出し(早くすませて)とセルゲイにお尻をつきだすが、セルゲイは(それじゃイヤだ)と拒否する。アナはチェッという感じ。セルゲイは自分のコートや上着を敷き、アナを横たえる▼もうひとつはアナの中絶だ。中年の女性の貧しいアパートをアナが訪れる。彼女は看護師か、外科医の助手か。アナとの対応は初めてではないことがわかる。満足な設備や器具があるわけではない。アナはバスルームに座り、ロープで自分の脚をしばり、脚が閉じないようロープを首にまわす。それだけで手術するのだ。麻酔なし。激痛であることは女ならだれでもわかる。アナのうめき声が、声のでないのどからかきだされる。なんと寒々とした青春であろう。そんな状況のうちにも、アナとシヴィエトカはビザを申請し、念願のパスポートを入手する。イタリアは近くなった。大使館からパスポートを受け取り、喜々として帰ってきたアナをセルゲイが問い詰める。(なんでパスポートが要る? 売春をやめておれと結婚するのじゃないのか?)。彼がグループに上納する金をくすね、アナとの情事のために使っていたから当然ばれるときがきた。リンチを受ける。半死半生のセルゲイが夜中、寄宿舎の廊下を歩いている。まず一室に入る。そこにトライブのふたりが眠っている。セルゲイは躊躇なくサイドテーブルをもちあげ、渾身の力でひとりの頭に振りおろす。続いて隣の男にも。別室に入り、キングとシュールの頭を同様につぶす。ものの壊れる音はするが、だれにも聞こえない。雪が降っている▼空気が冷たくなるような映画である。

 

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