女を楽しくするニュースサイト「ウーマンライフ WEB 版」

  • facebook
  • twitter
  • line
  • rss
  • ブックマーク

特集「男前」

2016年4月17日

特集「男前3」④ ミラ・ジョヴォヴィッチ 
ジャンヌ・ダルク(1999年 事実に基づく映画)

Pocket
LINEで送る

監督 リュック・ベッソン

出演 ミラ・ジョヴォヴィッチ/ジョン・マルコヴィッチ/ヴァンサン・カッセル/フェイ・ダナウェイ

 

シネマ365日 No.1724

魔のごときリーダー 

ジャンヌ・ダルク(1999年 事実に基づく映画)

この映画のミラ・ジョヴォヴィッチを見ていると、女優冥利につきると思うわ。監督のリュック・ベッソンとちょうど結婚していたときで、ベッソンはダイナミックにミラのよさを引き出しているわ。当時の複雑な歴史的背景も手際よく処理されている。脚本のアンドリュー・バーキンはジャーンバーキンの兄です。神の啓示を聞き、領主シャルル(ジョン・マルコヴィッチ)のところへ謁見を乞う田舎娘をだれも本気で相手にしない。ときは百年戦争のただなかで、フランスは北辺の一部がシャルル2世の領地にすぎなかった。フランス国内ではシャルルの敵方ブルゴーニュ派がイギリスと手を組み、国土は英軍に荒らされていた。戦火は片田舎まで及びジャンヌの姉は英軍兵士に殺され死姦され、ジャンヌは納屋の影から自分をかばって犠牲になった姉の死をみていた。数年後17歳のジャンヌは神の声をきくことになる▼現実家でしっかり者のシャルルの義母、ヨランダ(フェイ・ダナウェイ)が、優柔不断の義理の息子に彼女に会うべきだと断言する。「彼女が本物ならあなたの頭上に王冠を授ける。国中はこの娘の噂でもちきりです。あなたの考えもわたしの考えも無意味、大事なのは庶民の考えです」。宮廷に来たジャンヌは「お前が神の使いなら並み居る臣下の中から王太子を当ててみろ」とか、さんざん意地の悪い扱いを受けるのですがジャンヌはちゃんと本物を見極める。戦況は逼迫していて英軍はオルレアンを占領した。オルレアンを奪われたら全土が英国の手に渡る。簡単にいえばオルレアンを手中にすることは、それまで存在していなかった国家としてのフランスを創ることになるのです。男性閣僚たちは「神の使者である証拠をみせろ」とか「馬にも乗れないでどうして戦場の指揮がとれる」とか尋問する。ジャンヌは「わたしは見世物に来たのではない、みなさんはわたしより賢い方ばかりでわたしはムチな田舎娘だがひとつだけわかる。フランスの人々が血を流しているときにあなたたちは上等の服を来てわたしをいいくるめ、信じようとなさらない。四方敵に囲まれた領土を横断してひとりここまで来た、それこそが証拠ではありませんか。わたしに軍をください」まあ堂々と論破します▼シャルルは腹心のラ・イルをジャンヌの副官として出発させます。彼が忠実にジャンヌを守りますがなにしろ戦場に現れた少女、男装で白馬にまたがった異形の少女をだれも本気で相手にしない。まして神の声を伝えにきたといい嘲笑を浴びる。ジャンヌは焦燥する。いらいらと断髪しようとするジャンヌに「神のご命令ならきれいに切るべきだ」とラ・イルは美少年のように整える。勝利を信じ、身を棄てて先頭にたち鼓舞するジャンヌの姿に、だんだん兵士たちはその気になる。だれもみな勝ちたいのだ。明日の夜明けまでに英軍を敗走させるとジャンヌは宣言、フランス軍との攻防戦は死闘となりジャンヌは負傷する。夜。兵をひき陣地に引き上げた幹部たちは矢が深く内臓にまでささっているため抜いたら命取りだと言う。ジャンヌは意識がかすれながら自分で引き抜く。夜明け。疲弊して死んだように眠りこけている兵士たちに「起きなさい、戦うのだ」とジャンヌは起こして歩く。魔物のような指揮官のもと兵士もまた魔物となる▼オルレアンの解放はフランスを狂喜させた。しかしジャンヌの悲劇はここからである。王冠を手にしたシャルルにジャンヌは不要だった。ヨランダも政治に神の声は無用とジャンヌを棄てる。戦火をともに戦った男たち、ジャンヌの身代わりに矢を受けたジル・ド・レ(ヴァンサン・カッセル)は、庶民の救済を訴えるジャンヌが、民衆の支配を妨げる邪魔者になったことを知っている。「故郷へ帰るのだ、早くここを離れるのだ」と教えるが遅かった。戦場でブルゴーニュ派にとらえられたジャンヌの身代金を払おうともせず、シャルルは見殺しにするのである▼現代アメリカを代表する思想家アンドレア・ドウォーキンは、著者「インターコース性的行為の政治学」で「処女性」にかなりのページをさき、ジャンヌ・ダルクに言及しました。彼女によれば「ヨーロッパはほぼ400年の間に900万人にのぼる女性が魔女の嫌疑によって火炙りにされた」のであり、ジャンヌが殺されたのは外面的な制服(女の衣装)をまとわず、男とセックスせず、従属すべき状況そのものを拒絶したからだと指摘する。処女性とは「セックスは男性への従属とみなされていた時代、それを拒絶したことが独立性のしるしだった」と。そしてドウォーキンからみると「おとなしくて、不可解なほどに平和的な生き物とされるヨーロッパ女性の図像と歴史のなかで、ジャンヌのような女性はほとんど唯一無二」であるとし、「他の900万人の女たちと同様に焼き殺された最後の最後まで(女らしいものはない。彼女は最後の最後まで女であることの束縛を前例がないほど破ってみせた英雄である)とし「そのため彼女の物語は勇敢で悲劇的だった、それは何世紀もの間に美化拡大されたためでなく、彼女が実在の人物だったため神秘的でもある」と。ベッソン監督の「ジャンヌ・ダルク」は、ドウォーキンのいう勇敢で悲劇的なヒロインの映像化に、ほぼ成功したと思える。

 

Pocket
LINEで送る