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特集「新宿2丁目を連れて歩きたいボーイフレンド」

2016年4月24日

特集「新宿2丁目を連れて歩きたいBF3」① 
ブノワ・マジメル 裏切りの闇で眠れ(2007年 犯罪映画)

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監督 フレデリック・シェンデルフェール

出演 ブノワ・マジメル/ベアトリス・ダル/フィリップ・コールベール

 

シネマ365日 No.1731

ミクロコスモス 

ブノワ・マジメル 裏切りの闇で眠れ(2007年 犯罪映画)

監督がフレデリック・シェンデルフェール。初めてみた彼の映画は「スウィッチ」(2011)だった。とても面白くて生きがよくて、ヒロインは逃げまくり走りまくる。関係者はあっという間に殺され展開が早い。フランスの犯罪映画も変わってきたなアと思ったものだ。フレンチ・フィルム・ノワールといえば徹頭徹尾男の世界だった。監督でいえばジャック・ベッケル(「」)、俳優でいえばジャン・ギャバン、アラン・ドロン、ジャン=ポール・ベルモンド、ジャン・レノもヴァンサン・カッセルも、ギャングも闇社会で生きる男をクールに演じていた▼そんなこというが本作の主人公フランクはブノワ・マジメルであり、ギャング界のボス、クロードに扮するのはフィリップ・コーベールではないか、やはり男の社会ではないかといわれるかもしれない。もちろんそれはそうだけど、なんというか「男」をなりたたせていた要素が変わっているように思う。これまでの犯罪映画の基盤にあった組織とか人間関係とか主人公の背景とかはきれいに消去され、フランクはどこから来たのかなにをしていたのかも、正体の知れない男だし、クロードは冷酷なクズ男で、ボスらしい風格や仁義などどこを探しても持ちあわせていない。彼らは社会のハキダメで犯罪を犯し、法を破り、人を騙し裏切り、自分もいつか殺されるがその前に人を殺して生きていくしかない。そんな男を愛する女ベアトリスを登場させたのは、ひょっとして監督はベアトリス・ダルのファンか(笑)。それはともかく、旧来の監督たちが愛した「男の美学」を、シェンデルフェール監督はすっぱり削除しているのだ▼ブノワ・マジメルが、監督の設定した、本来なら主人公になりにくい無性格な男にきちんと肉体を与えている。スーツを着こなし寡黙で請負仕事だけを正確に果たしだれの手下にもならない。髪をオールバックにポマードで撫で付け、ネックレスに時計にベルサーチのスーツ。映画に登場する殺し屋の歴史からいえば古典的なキャラだが、クチャクチャと口を動かし、ワインをのみながら豆かなにかをつまむ。その挙動がどうみてもいい育ちとは思えない。ブノワはフランクの背景をテーブルのワンシーンだけでどう演じるか、彼の仕草を1週間練習したと言っている。フランクの貧しかった出身、社会性を身につけるヒマも、信頼できる人間関係が与えられる環境も教育もなかった過去を、一言のセリフもなく演じている▼この映画には美学どころかグロテスクを極めたえげつない拷問シーンがいくつかある。眼球をくりぬく、肛門から棒を突っ込みグリグリえぐり内臓を破壊する。ゆえにR18指定である。乾いたなかにも叙情を湛えたフレンチの伝統にはなかったことだ。本作の男たちに抽象的な夢もヘチマもない。ハードボイルドというハードルはとっくに飛び越えてしまっている。何億の富さえ一瞬で破産する、もろい情報社会そのもののように、ギャングたちはゆきつくところ人生とは幻滅だと信じている。その信じ方は一種の悟りで、薄っぺらな社会で生きる力強ささえ体得している。ボスはサイコ男だ。部下は友情も連帯感も持ち合わせがなく、今日の権力者は明日には殺される。目の前の暴力と金が彼らの生き残る言語だ▼妙なことにこの映画は凄惨ではあるが陰気くさくないのだ。なぜかわからないが理由のひとつは多分ブノワ・マジメルだろうと思う。腹は出てきたし(役のため体重を増やしたというが)やたら煙草をふかし、ワインもウィスキーも飲む不摂生な殺し屋なのだ。組織に属さぬ一匹狼だといえばきこえはいいが、人間関係にしばられないことが、この業界を生き延びるコツだと知っているからそうやっているまでだ。信念でもなければポリシーでもない。彼は非常に狭い場所で生きる男なのだ。だれでも自分なりにしか生きられない。しかし自分なりに生きることができるならそこがミクロコスモスになる。それがふしぎな落ち着きと静けさを彼に与えている。

 

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