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特集「ベストコレクション」

2016年5月13日

特集「風光る五月のベストコレクション」⑬ 
ヴィヴィアン・マイヤーを探して(下)(2015年 ドキュメンタリー映画)

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監督 ジョン・マルーフ/チャーリー・シスケル

 

シネマ365日 No.1750

野イチゴの実る場所で 

特集「風光る五月のベストコレクション」

写真家のジョエル・メイロ・ウィッツはいっています。「写真家が被写体を通して映し出すのは、個々の人間への理解だ。ヴィヴィアンの写真が表すのは、やさしさであり、鋭く感じ取った災いに至る不穏な気配だ」。ヴィヴィアンが長く家政婦として働いた家の主婦は、ヴィヴィアンが「驚くべき洞察力と思いやりを持っていた。だからこそ乳母の仕事に向いていたのだろう」。しかしマルーフの見方はやや違います。「子供と一緒に散歩と称して歩き、スラム街や危険地帯にも出かけた」つまり比較的自由になる時間が持てたからだというのだ。多分どっちも当たっているだろう。ヴィヴィアンの写真展はニューヨークで、ロスで開かれ、ティム・ロスは購入した写真について「極貧の姿を写しているのに、幸福感が漂う」と感想を述べています。作品展は海を渡りロンドンで、ドイツで、デンマークで、フランスで開催されました。ヴィヴアンの写真は世界を巡ったのです▼ファンの一人はこう評します。ヴィヴアンは「俗にいう弱者よ。女性がまだいろんな仕事に就けない時代だった。子守は貧しく、社会的な地位は低かった。まして結婚もせず、社会との接点はほとんどなかった。でも彼女は迷わなかったの。自分がやりたいことをやって、思い通りの人生を生きたのよ」。彼女への理解は深まってきました。でもまだ依然として最大の疑問が残ります。「なぜ発表しなかったのだろう」。ヴィヴィアンのセルフポートがあります。何枚も撮っている。扉の影から見せた、カメラを持った半身。街を背景に、愛機を手に、今にもシャッターを切りそうな写真。彼女が自分の才能に自信がなかったとは思えない。被写体にどれだけ迫れるかを見極め、それからシャッターを切っている。赤の他人と自分との間で、相手が身構えない距離を保ち一瞬の表情を抑える。それは自分と被写体の、ふたつの存在が共鳴する瞬間でもあった▼泣いている子供たち。路上にたむろする貧しい人たち。街を歩く騎乗の人。彼女はただ写真を撮り続けた。作品を発表しなかったのは、人に見せようとしなかったのは、人の意見に関心がなかったからだ。まして世間の評価にも関心がなかった。作品を世に問うために必要な「自分を認めてくれる人」は、ヴィヴィアンには必要なかったのだ。そうとしか思えない。彼女は彼女で完結し、唯一無二でそれ以外の何者でもない。まるでブラックホールを旅するようなもので、世間のほとんどの人が求める対話とか会話とかいう類も、ヴィヴィアンには写真を撮ることだけで事足りたのだ。何という自足だろう。写真好きは多分母親譲りだろう。子供のころから親しんだ遊びだったに違いない。ヴィヴィアンは写真を撮るというより、被写体が話しかける何かを聞きのがさない、見逃さない独特の耳と目を持っていたのだ。それは悲しみか幸福感か、嘆きか、喜びか、何かわからない。美しい女性か貧しい女性か、年取った男性か、怒っている男か、風景か、顔か、姿かも一定しない。まるで風のささやきのように、それはヴィヴィアンを取り囲み、ヴィヴィアンにだけ見える光と影を指し示すのだ▼彼女が新聞の不幸な記事に特別の関心を持って読んだのはなぜだろう。写真がどこまで人間の見えない部分を映し出せるか、それへの挑戦だったように思える。闇に隠れた部分、表からは見えない心の裏。かくも残虐でありえ、かくも幸福で、ときに崇高でさえありうる人間に、ふと滲んだ翳り。真実の一瞬。もし魂というものがあるなら、どうしてそれを写せないことがあろう。最初に戻るが、ガラクタ同然のダンボールのフィルムから写真を焼き、どこから手をつけていいかわからなかったマルーフが、でもどうしても捨てる気にも諦める気にもなれなかった。彼女の写真に惹かれる俺の目は、本当に正しいのか、だれか教えてくれ、彼はそう思ってネットに投稿した。ヴィヴィアンの名前も性別も、年齢も職業も、どこのだれかも知らなかった人たちが、彼女の写真だけを見て心を揺さぶられた。彼女を知る人のコメントを、もう少し聞いてみよう。「死後に栄光を得たのは残念だったかもしれないけど、よかったのかもしれない。こんな絶大な反響にいちばん戸惑うのはヴィヴィアン自身だろう。どこにも写真を撮りに行けないといってね」。自分はヴィヴィアンの数少ない友だちの一人だといった女性は、ヴィヴィアンが子供達を可愛がり、美しい渓谷で夏を共に過ごし、子供達と一緒に野イチゴを摘み、世界でいちばん美しい場所だといった、野イチゴの茂み、好物だった野イチゴの実る土地で眠っていると話した。

 

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