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シネマ365日

2016年5月19日

特集「ケイト・ブランシェット」④ 
ヴェロニカ・ゲリン(2003年 事実に基づく映画)

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監督 ジョエル・シュマッカー

出演 ケイト・ブランシェット/キーラン・ハインズ/ブレンダ・フリッカー

 

シネマ365日 No.1756

恐れるなかれ 

特集「ケイト・ブランシェット」

アイルランドの地元紙、サンデー・インディペンデントの記者、ヴェロニカ・ゲリンを演じたケイト・ブランシェットは「監督は女性映画を撮るつもりはなかった」としながらも「幸せな家庭を築いていた彼女が、使命感にかられ過酷な取材に入っていくが、夫と子供を持ちながら、しかも何度も襲撃を受け、危険な目にあい、はたして続けていけるか、男性記者にはない葛藤があったと思う」と、ヒロインの心の裏を忖度しています。表面上は強気を装っているヴェロニカの、ふと見せる陰りが母親にはつらい。無鉄砲なまでの仕事人間であるが、新聞社のスター記者であることのプレッシャー、自負と誇り、それだけでなく、世間の中傷や無理解をだれにも訴えず、娘が孤独を耐えていることが、母親にはわかる。母親を演じるのはブレンダ・フリッカー。「マイ・レフトフット」でアカデミー助演女優賞を取った女優です▼ヴェロニカの暗殺は1996年6月26日でした。信号待ちしている彼女の車に、オートバイで近づいた組織の刺客二人が銃弾6発を撃ち込んだ。発車しないヴェロニカの車を、不審に思った継続車のドライバーたちが近づき、車を囲んで覗き込んでいる記録写真が残っています。車内にはヴェロニカの遺体があったのですね。ヴェロニカの、麻薬組織告発の取材活動は、2年前に始まっていました。麻薬関連の事件と犯罪が急増し、常習者は青少年を含む1万5000人に及ぶ。ローティーンの少女がドラッグに侵され、汚い部屋に数人で閉じこもり、うつろな目で毎日を送る。ヴェロニカが取材で歩くダブリンの街角には、注射針が散乱し、幼い子供でさえ麻薬を手にすることができた。ケイト・ブランシェットは黒いハーフコートにトータルネックのセーター、Gパンに平底の靴という、徹底的に動きやすいスタイルで「サンデー・インディペンデントのヴェロニカよ。こんにちは。それを買うお金、どうしたの」と声をかける。見るからに不健康な顔の、薄汚れたシャツの10代の男の子が「俺の体を欲しいのさ」といやらしく笑うが、意識はどこまではっきりしているかわからない▼ダブリンにおける当時の麻薬犯罪は野放しに近かった。警察は収賄され情報はダダ漏れ、法律はザル法で取り締まる根拠さえ薄弱だった。中学生や小学生の我が子をオーバードースで失った親たちが、麻薬取締と摘発を求めてデモするものの、一緒に歩くヴェロニカを入れて参加者はちらほら、シュプレヒコールもうらぶれた夜の街にむなしく響く。本作はダブリンのオールロケで撮影され、沈鬱な街と陰気な建物、鉛色の重苦しい空が情景描写に迫力を漂わせます。ヴェロニカは情報源である売春宿の経営者トレイナー(キーラン・ハインズ)から情報を引き出し、ギャングと麻薬の関係を突き止め、顔見知りの刑事を口説き落とし、資金源のルートを遡り、高額納税者になった特定の人物を黒幕と断定します▼日常的な風景として、パブにやってきていきなり人々を射殺する悪党がいる一方で、自分さえ安全なら目をつぶる人々がいる、子供たちの死亡と犯罪は増加し、食い止める手立てはないに等しい…ヴェロニカは暗黒の麻薬問題に終止符を打つため自ら行動しました。彼女はデスクに座って記者発表を待つ記者ではなかった。「いつも歩き回っていた」と当時の同僚は回顧しています。しかし彼女が一生の目標として努力した使命によって、彼女自身の命と、命にも等しい家庭が破壊された悲劇には、胸がつぶれます▼忘れられないシーンがありました。帰宅しても夜遅くまで原稿を書いているヴェロニカに、夫はそろそろ休もうと声をかける。「いやねえ、こんな仕事に追い回されるなんて、うんざりするわ」と、ぼやいてみせるヴェロニカに、夫は「嘘が下手だな」と不機嫌な声。やばい、と感じたヴェロニカはやおら夫の手を取り、ダンスを始める。仏頂面だった夫も、妻の調子に引き込まれ笑顔になる。小さな息子が目を覚まし、踊っている両親に抱きついてくる。子供を抱き上げたヴェロニカを夫が抱く。幸福そのものの家庭でした▼ヴェロニカの殺害は、大きな波動を市民に呼び起こし、麻薬撲滅を訴える声は大規模なデモとなって行進しました。ヴェロニカの告発記事は法律を変え、売人はダブリンから追放され、黒幕は逃亡したのち逮捕されました。ヴェロニカはアイルランドの法律を変えました。ヴェロニカの死の翌週、国会の緊急審議でアイルランド憲法の改正が決まり、麻薬関与が疑われる者の資産は凍結、もしくは没収が可能となりました。彼女の報道が国を変えたと言ってもいい。多くの子供の命が救われ、麻薬に関する法的問題は厳しく改善された。使命は遂げられたのです。彼女の棺を見送る市民の葬列は沿道を埋め、途切れることがありませんでした。墓碑銘は「恐れるなかれ」

BE NOT AFRAID.

 

 

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