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シネマ365日

2016年5月23日

特集「ケイト・ブランシェット」⑧ 
ミケランジェロ・プロジェクト(2015年 事実に基づく映画)

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監督 ジョージ・クルーニー

出演 ジョージ・クルーニー/マット・デイモン/ケイト・ブランシェット

 

シネマ365日 No.1760

クレールからよろしく 

特集「ケイト・ブランシェット」

ジョージ・クルーニーらしい誠実、かつ良識に溢れる映画ですが、こと戦争に関するとなると、どうしても勝者から見る敗者の視点が抜けきれないと思います。この映画がそうだとはいわないけど、ドイツ軍=極悪非道のイカレタ集団というハリウッド的図式には抵抗があります。そりゃひどいですよ、ナチのやったことは。本作では美術品を火炎放射器で焼却するシーンは、思わず息が止まりました。でも、アルトアウスゼーの岩塩坑には、ナチ親衛隊の高官エルンスト・カルテンブルンナーの命令で美術品が保管されていたけれど、彼は敗戦後、美術品を敵の手に渡すなというヒトラーの「ネロ司令」を無視し、作品を保護していたことを甥が証言しています。カルテンブルンナーはニュルンベルク裁判で死刑判決を受け絞首刑になった。勝った側からの考証で歴史を捉え、美談にだけするのは危険じゃないの?▼でも映画の後半明らかになる強奪品の数量は、半端ないですね。絵画・彫刻のほか教会の鐘5000個、路面電車300両、書籍300万冊、ユダヤ教のトーラー数千冊、取り戻した物品の総数は500万点以上。洞窟で発見されたぎっしり金歯の詰まった大きな容器が二つ、いやそれ以上。想像を絶する人間の所業がなされるのが戦争でした。この映画が物足りなかった理由の一つは、敵側の出演者にカルテンブルンナーのようなキーパーソンが登場していないことです。異常な強奪プロジェクトに、美術品に対する偏執狂的なまでに愛を持つ人間は関わっていなかったのか、いないとすれば、一連の破壊作業にみな何の遅疑もなく盲従したとすれば、それこそが精神の荒廃と恐ろしさを表すものではないか、ついそんなことを考えてしまいました▼ケイト・ブランシェットはローズ・ヴァランがモデルであるクレール・シモーヌを演じます。ご記憶の映画ファンがおられるでしょうが、同じくナチの手からフランスの美術品を守ろうとした映画に「大列車作戦」(1964)がありました。主人公はバート・ランカスターの鉄道員です。彼の勤務先に一人の婦人が訪ねてくる。彼女はジュ・ド・ポーム国立美術館のヴィラール館長です。敗戦が濃くなったドイツ軍は、軍事費に充てるため名画を略奪し、列車でドイツに運び出そうとします。古い映画を持ち出したのは、映画の陰影を深くした、強烈な人物がいたからです。名優ポール・スコフィールド扮したドイツ軍指揮官・ヴァルトハイム大佐です。機関車の周りにフランス人捕虜を張り付かせ、レジスタンス軍の攻撃の弾除けにするような、血も涙もない軍人です。彼は最後にバート・ランカスターに射殺されるのですが、そのとき「君にはこの美術品の価値がわかるまい。自分がやっていることの意味もわからんのだ」と嘲笑を浴びせる。大佐にはどういう理由であれ、セザンヌやゴッホを我が物にしようという我欲がほとばしっていました。醜いかもしれないけど、独り占めにしたい欲望なんて、それが男でも女でも美術品でも、よく似たものじゃないでしょうか。本作には、こんなドロドロの人間が見当たらなかったように思います▼肝心なことを書かねば。「大列車作戦」の原作となった「美術戦線」の著者がだれあろう、ローズ・ヴァラン、ケイト・ブランシェットが演じたクレールです。命の危機にさらされながら(映画では弟が死亡する)レジスタンスに情報を提供し、永久に失われる運命にあった美術品を救った、フランスの歴史上、最も尊敬される女性の一人に数えられています。クレールは謹厳な美術館職員を装いながら、ドイツ軍の搬出する膨大な美術品のデータを集積している。ナチが一体どこに隠しているのか、米国チームにはわからない。フランスで調査するジェームズ・グレンジャー少尉(マット・デイモン)は、パリの美術館長から「クレールに聞け」という助言を得て、レジスタンス容疑で収監されている彼女を刑務所に訪ねる。たくさんの資料を広げ、檻の中でも仕事に余念のないクレールは、たどたどしく挨拶するグレンジャーに「どうぞ英語でお話になって。そのフランス語は聞くに耐えません」とのっけから食らわす▼「これはわたしの命に等しい台帳です」と彼女がグレンジャーに託したノートには、美術館から持ち出されたすべての情報「貨物列車・領収書・通信書類・手紙・元の持ち主・奪った場所・奪った人物」が記載されてありました。搬入先はバイエルンの名城、ノイエヴァンシュタインだった。パリ解放とともに自由の身になったクレールが、グレンジャーを自宅に食事に招く。服装は「正装よ」とご指定。いちばんきれいな白いワイシャツを着てきたグレンジャーを、黒いドレスで迎えたクレールはネクタイを締めてやり、ワインを抜きコニャックを勧め「泊まっていけばいいわ」とまでいうではないですか。クルーニー監督もそこまで踏み込むつもりはなかったらしく、グレンジャーはクレールのネクタイを締めたまま辞去します。「美術品に会ったら、クレールからよろしくと伝えて」という託けを預かって。これが意外な小道具になりましてね、ドイツから美術品を返送する貨物列車が駅に着く、ホームで待ち受けていたクレールは「ジュ・ド・ボーム美術館」とプレートの張った列車に走り、手すりに結んであったのは、グレンジャーが締めて帰ったネクタイでした。「ありがとう、ジェームズ」ケイトはツンデレの見本でした▼奪還プロジェクト・チームは2名の仲間を失いました。ジョージ・クルーニーはチームの指揮官である、ハーバード大付属美術館のストークス館長です。ルーズベルト大統領は作戦終了後、彼に訊きます。「ミケランジェロを奪い返すために死者が出た。ミケランジェロがここにいて、命を賭ける価値があったと思うかと聞かれたら、思う、と答えるかね?」「もちろんです」「では、責任者の君に問いたい。30年後も人は、聖母子像のために死んだ男がいたことを覚えているかね」シーンは一転1977年、場所はベルギーのブルージュ。老いて退職したストークスが孫の手を引いて「聖母子像」の前にいます。30年後でした。彼は大統領の問いに答える。「もちろんです」…ラストシーンの締め、うまかったですね。

 

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