女を楽しくするニュースサイト「ウーマンライフ WEB 版」

  • facebook
  • twitter
  • line
  • rss
  • ブックマーク

特集「美しい虚無-妄想映画の魅力」

2016年5月29日

特集「美しい虚無=妄想映画の魅力3」⑥ 
エル・トポ(1969年 社会派映画)

Pocket
LINEで送る

監督 アレハンドロ・ホドロフスキー

出演 アレハンドロ・ホドロフスキー

 

シネマ365日 No.1766

妄想愛 

特集「美しい虚無=妄想映画の魅力3」

砂漠でしょ、舞台が。朝から晩まで砂と太陽ばかりのところにいたら、人って妄想するよりほかすることがなるのではないか、あるいは妄想だけが楽しみになるのではないかなんて思っちゃうのよ。灼熱の太陽と見渡す限り砂また砂。夜になれば無音の星空。生と死、豊饒と虚無、すべてが背反する宇宙とかいう、ワケわからんけどなんとなく神秘的な問題に、いやでも向き合わないでしょうか。というのも本作の主人公エル・トポって、崇高にして愚劣、厳格にしていい加減、理想家にして現実のしもべという両極端を兼ね備えているのだ。彼は黒装束のガンマンである。幼い息子がひとり。エル・トポはある日息子に「7歳になった。もう一人前だ。おもちゃと母さんの写真を埋めろ」と厳かにいいわたし、息子が埋葬するあいだ、縦笛を拭いて弔い、息子を馬に乗せ、砂に半分埋もれた母親の写真をあとに、黒い日傘をさして砂漠を行く。傘をさしているガンマンっていたか? 息子は素っ裸なのに、燃える太陽の下、日焼けしているふうもない白い肌がサイケでさえある▼砂漠の盗賊団の頭目は大佐と呼ばれる男である。真っ赤なパンツをはいた白いボテボテの腹はカエルみたい。頭はカツラできらびやかな軍服で威厳を装い、靴フェチである。部下はみなイカレポンチなうえ色情狂で、大佐が情婦を「好きにしろ」というのを舌舐めずりして待っている。情婦はきれいな女だがこれまたフツーではないことがおいおいわかってくる。盗賊たちをやっつけたエル・トポは女に惚れこみ、息子に「父は死んだ。ひとりで生きていけ」と言い残し、息子を修道士に預け女を馬に乗せ去る。なんちゅう親父だ。息子を置き去りにして女といくかア? 女ときたら「わたしは一番の男が好き。銃の達人といわれる4人の男が砂漠にいる。やっつけて」勝手なこと言うな、ともエル・トポは言わず順番に決闘を申し込むが、みな得意技があってかないそうもない、よって騙しのテクで不意をついて勝つ。達人たちを殺したエル・トポ、厳かに「わたしは神だ」。だれがなってくれと頼んだ、いい加減なこと言うな、黒親父。おまけにどこからか現れた女ガンマンと大佐の情婦はエル・トポそっちのけで愛しあい、邪魔なエル・トポは撃たれ人事不省。砂漠という諸行無常の世界で展開するこの劇画的悪夢をなんとよべばよい▼登場人物たちのほとんどがフリークである。砂漠の聖者につかえる二人の召使は、両腕のない男が両足のない男とふたり一組になって移動する。死期の近い母親と暮らし、分厚い毛皮を着ている息子は「おれは母に降伏してすべてを捧げ、おれのすべては母の無償の愛で満たされている」という究極のマザコン。無数のウサギの死体に囲まれて死ぬウサギ・フェチの男。女ガンマンに撃たれたエル・トポが気のついた場所は岩窟のなかで、フリークの集団に救われ、小人症の若い女性がエル・トポの世話をしていた。彼らがいうには「長年の近親相姦で奇形に生まれたわたしたちを麓の町の人は助けてくれない」。出口は天井にある小さな穴。登るのに何時間もかかり滅多に外に出られない。エル・トポは岩窟の聖者となりあがめられ、町に出られるトンネルを掘ろうと決める。彼は資金集めのため小さな女性と町でパントマイムをして投げ銭をもらい、こつこつ貯めて道具やダイナマイトを買うつもりだ。小さな女性はエル・トポの子を妊娠し、エル・トポは結婚するため町の教会に行く。そこで会った神父は20年前に棄てた息子だった。息子は父を撃とうとするが撃てない。父はいずれ撃たれてやるが今はトンネルを掘るのを手伝え、資金のあるほうが早く作業が進むから大道芸もいっしょにやれと言う。そこで妙な三人組ができあがる。「恩讐の彼方に」の青の洞門みたいです。やがてトンネルは完成、喜んだフリークたちは大挙して町に押しかけるが、暴挙と間違えた町の住人らは止めに入ったエル・トポの制止を無視、全員射殺する。怒りに我を忘れたエル・トポは町を破壊し皆殺しにし、自分も焼身自殺する。すべてが破滅した町をあとに、息子とは生まれたエル・トポの子と小さな母親を馬に乗せ、砂漠に向かう▼監督・脚本・主演を兼ねたアレハンドロ・ホドロフスキーはチリの人。42歳のときの作品です。元祖カルト映画といわれます。ホドロフスキーのことはほとんど知りません。エル・トポという映画から感じたことだけをいえば、最も印象に残ったのは終始映画の舞台となる、砂漠の荒野です。こんな原風景を脳裏に刻み込めば、人は妄想するしかなくなる。なにもないところに自分で何かを描き出すしかなくなる。妄想とは本来心の空間に、自らの情緒と精神で構築するものだ。エル・トポというとらえどころのない無常感に満ちた映画には、そんな虚無愛が満ちている。

 

Pocket
LINEで送る