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特集「最高の悪役」

2016年6月12日

特集「最高の悪役」⑫ キャシー・ベイツ 
ミザリー(1991年 ホラー映画)

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監督 ロブ・ライナー

出演 ジェームズ・カーン/キャシー・ベイツ/ローレン・バコール/リチャード・ファーンズワース

 

シネマ365日 No.1780

最高の女バンディッツ 

特集「最高の悪役」

キャシー・ベイツの代表作にはどんな映画があるか。一言で言うと、筋を通して動じない女が似合っていたと思うのです。愛する女友だちと交わした暗黙の秘密を、頑なに守り通す「黙秘」。旦那の顔色を伺うことをやめ、親友の老後を看ると敢然と夫に通達し、従順な妻であることに反旗を翻したのは「フライドグリーン・トマト」の主婦。暴力男を殺したゲイの女を、見て見ぬ振りして飄々と去るのは「悪魔の様な女」の元女刑事。貧しい青年レオ様を、笑い者にしようと待ち構えている超セレブの晩餐会に、息子のタキシードを着せて出席させる「タイタニック」の「不沈のモリー・ブラウン」。パリの社交界に集うギフテッドたちを仕切る、真夜中の番長ガートルード・スタインは「ミッドナイト・イン・パリ」だった。本作はどうか。ヒロインが生きていればたぶん、彼女にしてみれば一念を通したにすぎない、筋を通したにすぎないと主張するであろう、中年の独身女性アニーがキャシー・ベイツです▼アニーは優秀な看護師でありながら、殺人容疑で逮捕された前歴があるなど、謎の多いダーティな女性です。いくつかの事件の容疑者であるにもかかわらず、逮捕に至っていないのは証拠不十分だから。してみると、証拠隠滅を含め、周辺状況をかなり客観的に捉え整理と処理のできる女性であって、頭に血が上って犯行に至るなど、アニーの場合考えられそうにない。そんな彼女が全知全能を使って張り巡らしたバリアーであるから、ちょっとやそっとでは脱出できるはずがない、いやさせてはならぬ…妙な言い方ですが、原作者(スティーブン・キング)のアニーに寄せるある種の信頼は、アニーの骨太の、たくましい女性像に像を結んでいます。これが冷酷なだけの、マニアックなだけの殺し屋、あるいは狂信的で残酷なだけというありふれた犯罪者ではなく、アニーを複雑で繊細な感受性を備えた、女性犯罪者に仕立てました。本作が悲惨なヒロインの惨死という悲惨な結末にもかかわらず、救いがあるのは、もちろんアニーが殺されても仕方のない、トンデモ女性だったからでもありますが、主人公の作家ポールを始め、心底悪辣なやつが一人もいないからです▼作家のポール(ジェームズ・カーン)は、人気シリーズ「ミザリー」を書き上げ、山小屋ホテルを引き上げ下山する途中、雪山で車の事故にあったばかりにアニーに誘拐・監禁されます。アニーは「ミザリー」の大ファンで、ポールがホテルに投宿していた身辺の動きを見逃さず、毎日監視していたのだから完全なストーカーである。アニーは横転した車から軽々とポールを担ぎ出し、自宅に連れてきて甲斐甲斐しく手当てする。医者など呼ぶ気は毛頭ない。彼女からすれば憧れの大作家が家に来てくれたのだ。骨折した両脚に添え木を当て、腕は固定し、三度三度の食事を食べさせ、着替えさせ体を拭きポールを独り占めする。それというのも「ミザリー」の作者だからだ。彼女はポールが読んでいいと言ってくれた最終巻を、感涙とともに「読ませていただくわ」でもミザリーは小説のなかで死んじゃうのだ。どうしてわたしのミザリーを殺すのか、こんな話まちがっていると興奮する。ポールが何を言おうと貸す耳持たぬ。烈火のごとく怒り狂い、暴力を振るう。ポールはミザリーの後を追いそうである。脱出を試みたこともバレ、ミザリーはポールの両脚にハンマーを振り下ろし、足首は潰されてしまった。もはやアニーと心中か。それならまだいい、せめて相手も死んでくれる。冗談ではなくポールは飼い殺しで、心中どころか死ぬまでたった一人の読者のためにミザリーを書きつがされるのだ。ポールはとりあえず、ミザリーを生き返らせることにする▼キャシー・ベイツが無邪気ににっこりした笑顔なんか実に愛らしい。白い鳩のように純真無垢である。それが一転、鉄仮面のように無表情になるかと思えば、目の端が裂けるほど両眼を剥いた表情は、不動明王も雷神も夜叉も閻魔大王も負けそう。ポールでなくとも失神するだろう。ポールとアニーの脱出の試みとその阻止は、綱引きのバランスがチョー巧みだ。あと一歩というところでアニーが外出から戻ってくる。異常はないかとポールの部屋で、さっと視線を走らす。小さなペンギンの瀬戸物の置物があった。体をぶつけたポールが床に落とし、元に戻しておいたのだ。アニーはニヤリ。「ペンギンは南向きなのよ。向きがちがっていたわ」▼あんな、こんなで二人の絡みはサイコー。主役ふたりを取り巻く脇が心憎い。まずはローレン・バコール。ローレン・バコールという「L」と「R」の連なり、それから「C」の母音の続く快い響き。彼女は66歳だった。低い官能的な声は「用があったら口笛を吹いて」のセリフを耳朶によみがえらせる。そしてアニーに殺されるバスター保安官。腿を触る女房の手を「運転中だ」とやんわり外し、地道に過去の資料を洗って作家の行方不明にアニーが噛んでいると突き止める。叩き上げの古兵だ。顔なじみの男たちと無駄口を叩くときも、目だけは鋭い。これがだれあろう、リチャード・ファーンズワースだ。ご記憶だろうか。アイオワから芝刈り機を運転し、560キロ離れたウィスコンシンの兄に会いに行く弟。デヴィッド・リンチの驚くべき詩のような、まっとうな映画「ストレート・ストーリー」の主人公を演じ、アカデミー賞主演男優賞にノミネートされたのが彼だった。ラストシーンに兄弟がそろって見上げた星空のきらめきが今も胸に残る。ただのホラーで収まりきれない、豊かな映画言語がこの映画では語られている。それがアニーという、最高の女バンディッツ(悪党)の一人を創り出している。

 

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