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特集「最高の悪役」

2016年6月13日

特集「最高の悪役」⑬ ジョーン・フォンテイン 
生まれながらの悪女(1950年 社会派映画)

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監督 ニコラス・レイ

出演 ジョーン・フォンテイン/ザカリー・スコット/メル・ファーラー

 

シネマ365日 No.1781

大女優のお気に入り 

特集「最高の悪役」

どんなに奔放でも男のいうことを聞いてさえいれば、まさか良妻賢母とはいわれないとしても、悪女のレッテルまでは張られなかったのに、腹の中で(悪女こそが魅力的なのよ)と企み、はばかることなく主張し始めた「悪女の伝統」がハリウッドにはある。ベティ・デイビスの「黒蘭の女」は、自我が強いあまりヘンリー・フォンダが辟易して去るお嬢さん。「月光の女」は夫を射殺した後、さめざめと泣いて見せる女。バーバラ・スタンウィックの「深夜の告白」は保険金殺人である。本作はズバリ題名からして「生まれながらの悪女」。ジョーン・フォンテインは本作の前にすでにヒッチコックの「レベッカ」でアカデミー主演女優賞にノミネートされ、続く「断崖」で受賞していた。いわば油の乗りきったときに、あえて選んだ作品が本作なのだから、悪女(ビッチ)がよくよく気にいったのだろう▼また監督もよかった。ニコラス・レイは「女の秘密」「大砂塵」「暗黒街の女」など、訳ありの強い女が好きだった。世間の常識から外れた女をあえて映画の中心に据えるのだから、それが没個性では絵にもシャレにもならないわけで、しぜん、彼女らの造型には従来と一線を画する女性観が必要とされたであろう。悪女の名品を数々撮った、同時代のヒッチコックにしてもウィリアム・ワイラーにしても、女と犯罪は切っても切れない関係にあると芯から信じていた。しかも女の悪は、社会的にも制度的にも文化的にも、それらの習慣や社会性を裏返しにしたところに生じた、つまり男社会はそう認めたのであって、男の悪人のように素直な悪にしてしまえば、それこそ「おバカ女」にしかならないのが辛いところだった。本作のクリスタベルなど悪知恵の塊である。ジョーン・フォンテインが綺麗な女優だからいっそう説得力がある。この時彼女は33歳。結婚もし、離婚もし、オスカーも取り、順風満帆のときに(女優の離婚はスキルのうちだろう)、他人の人生を壊すことが三度の飯より好きな天性のワルを、小気味よく演じた▼クリスタベルに夫を取られた妻が「猫をかぶった山猫め、もう騙されないわ」と罵ると、「それで気がすむなら何をいってもいいのよ」と優しい微笑を返す。クリスタベルには常に勝者の余裕がある。彼女は自分が最後まで生き残る女だと信じて疑わない、何となれば、どんな男も女も台所の鍋釜や大工仕事の釘、金槌にすぎず、使い方さえ間違わない限り、結果をもたらすことは疑いようがない。大富豪の夫カーティス(ザカリー・スコット)には、高価な買い物や、ちょっとした出費も「主人に聞いてから」と一歩下がって夫を立て、「僕のものは君のものだよ。お金のことで気兼ねしないでくれ」と言わせる。彼女の育ての親でもある叔母を、夫が大事にするのが気にいらず、「夫の好意にばかり甘えるわけにはいかない、わかるでしょ」と、叔母を追い出し、あまつさえ重病のときは不倫中で看病どころではなく、冷たく見放したまま、死に目に会わずじまい。しかしとうとう動かぬ証拠で不倫がばれ、夫は「一週間家を留守にする。その間に出て行け」と三行半だ▼さすがに動揺したクリスタベルは、屋敷を離れる日、車で事故を起こし病院に担ぎこまれる。でも主治医は西海岸一の外科医ときて、彼女はたちまち次の標的に。外科医の妻に訴えられ裁判、弁護士事務所を訪ねていったリスタベルに、弁護士はフラフラ。つまり生まれながらの悪女でありますから、男は「飛んで火に入る」夏の虫同様、寄ってくるのだ。クリスタベルの肖像を描く絵描きにメル・ファーラー。デビュー当時だと思うが、クリスタベルがスキャンダルを起こすたび、彼女の肖像画の値段を吊り上げる下世話な男がぴったりだった。そのせいでもないが、この人を見るとなんでオードリー・ヘプバーンが、彼と結婚したのか、やっぱりわからなくなる。

 

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