女を楽しくするニュースサイト「ウーマンライフ WEB 版」

  • facebook
  • twitter
  • line
  • rss
  • ブックマーク

特集「フリーク/変態の詩人たち」

2016年6月30日

特集「フリーク/変態の詩人たち2」⑥ 
ベイビー・オブ・マコン(1993年 社会派映画)

Pocket
LINEで送る

監督 ピーター・グリーナウェイ

出演 ジュリア・オーモンド/レイフ・ファインズ

 

シネマ365日 No.1798

地獄・末世・絢爛絵図 

変態の詩人たち

本欄でピーター・グリーナウェイを紹介するのは「コックと泥棒、その妻と愛人」「レンブラントの夜警」に次ぐ三本目ですが、グリーナウェイのミニマリズムとグロテスクと悪趣味の極みにして、愛と欲望の極彩色は本作が最高ね。この監督の映画を、よく3本も見たと思うわ。「キライ、キライは好きのうち」っていう、アレでしょうか(笑)。グリーナウェイご本人が、自作の分析をなさっておられますからそれを引用します。最も適切に違いありません。「ベイビー・オブ・マコンは幼児虐待と搾取の映画だ」。まあ、分かりやすい。「わたしはこの問題を、観客が感情的にならずにじっくり考えられるように、17世紀という時代に舞台を設定しました。この時代の教会は、現代のテレビやマスコミと同様、絶大な影響力を持っていたからです」言葉においてはここまで親切丁寧にグリーナウェイはいってくれているのに、映像・映画になるとなんで放胆にして支離滅裂、地獄図のごとき混乱の極みを呈するのでしょうか▼黒い背景にぽっかり浮かんだ空中ブランコの男。死相のようなメイクで時代の衰退と滅亡を予言します。彼を見上げる男女、僧侶、子供、少女。男は「男と女は睦合わず、性の交わりは重い勤めとなるも、産まれるものなし」。スクリーンの上では、グリーナウェイの定型とも言える、舞台と観客席の入れ子構造による虚実混淆の世界が展開されます。出産のシーンを長々と映し取り出されたのは巨大児。年取った女性から奇跡的に生まれた美しい男児は神の子だということになり、幸福と富をもたらすと、にわかに映画はペテン臭くなります。貧しい若い娘(ジュリア・オーモンド)が子供を自分の子だと主張し、聖母と同じ、処女懐胎の奇跡が生じたのだと主張する。この娘がしっかり者で「お触りビジネス」を開業する。この子があなたの野心を叶えてくれる、金持ちになり、よきレディにもなれる、そこで農夫が「子豚に祝福を。産まれる子豚の十分の一を差し上げます」「それでは少ない、四分の一」。「多産を願って蜂の巣に祝福を。蜂蜜を3年間差し上げます」「一生持ってきなさい」「雌牛に祝福を。一生の牛乳を差し上げます」「バターとチーズも持ってきなさい」実にちゃっかりしています▼搾取ビジネスは繁栄し、経済は上昇気流「家畜は孕み、子供は増え、男女は睦み合う」とブランコ男が言う。ところが司教は面白くない。誰も教会に来ず、女と赤ん坊のところへ行列を作っているのだ。司教の息子(レイフ・ファインズ)が処女でない証拠を暴いてやる、と娘のところに来て「お前は赤子のポン引きか。お前は赤子を搾取している」と怒鳴る。そうなのですけどね。ところが逆に誘惑され、馬屋の藁の上で裸に。それを見た雄牛が何やら腹を立て、猛然とレイフ・ファインズの下半身に突撃、気の毒に彼はお腹を割かれ、その下も裂かれ、血まみれになって死ぬ。このシーン、レイフ・ファインズはフルヌードでボカシなし、グリーナウェイの露出趣味が極まっています▼教会勢力の逆襲によって、女は捉えられ、何十人もの男に犯されて死ぬ。邪悪な女は死んだ、この子供には神が宿っている、そこで「赤ん坊の髪」「おしっこ」に多額な代価がつけられ、爪、指、足首、腕、脚、首が切り売りされる。現代の児童虐待、少女売春、人身・臓器売買の縮図なのでしょうか。舞台の上は常に血で染まり、野卑な男女が喚きちらし、殺人あり、セックスあり、法も宗教も神の教えも消え、ひたすら欲望がのたうちまわっている。女の両脚の間に首をつっこむお産のシーン、「赤子のポン引き」との交接、女の処刑に男たちを並ばせ、犯させる暴力と残虐。それらがいちいち具体的な映像となって、これでもか、とスクリーンに描く。大掛かりな舞台装置、絢爛豪華な衣装、醜悪な男に女、辟易しながらダントツの迫力に圧倒され、人間はこんなものかもしれない、とまさにグリーナウェイ教にたぶらかされるのだ。最後にブランコ男が出てきて、末世の様相を述べる。何しろ富を生む赤子は人間がよって集って切り刻んでしまったから、もはやなにも流通しない。男女は睦合わず、家畜は孕まず、セックスは苦行となり、もはや産みだすものはない。いやね〜。後味の悪さでは、グリーナウェイ映画の中でも天下一品ね。人は時に、目を背けていたいものを見なければならない、現実の救いのなさを認めなければならないとしたら、いやでも見せてくれるのが本作ね。ミハイル・ハネケに似ているのよ。「こんな目にあったらイヤだろう、こんな家庭になりたいか?」いやに決まっているだろ! と自分の心の出発点を改めて決意させるのよ。

 

Pocket
LINEで送る