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特集「ベストコレクション」

2016年7月1日

特集「7月/真夏のベストコレクション」① 
黄金のアデーレ(上)(2015年 事実に基づく映画)

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監督 サイモン・カーティス

出演 ヘレン・ミレン/ライアン・レイノルズ/アンチュ・トラウェ

 

シネマ365日 No.1799

失われた時を求めて

特集「7月/真夏のベストコレクション」

感動のあまり、撫でさすりたい気になる映画がある。これがそうだった。ヒロイン、マリア・アルトマン(ヘレン・ミレン)が82歳でオーストリア政府を相手に裁判を起こした、弁護士ランディ(ライアン・レイノルズ)はやっと就職口を得たばかりの新米だった、彼らはマリアの叔母アデーレがモデルとなったグスタフ・クリムトの肖像画の返還を求めたが、オーストリア政府は「アデーレ・ブロッホ=バウアーの遺言による寄贈であり、返還には応じない」断固拒否した。マリアはユダヤ人だ。ナチ狩りによる屈辱と恐怖が未だに悪夢で蘇る。二度と戻らないと誓ったオーストリアに行き、長い裁判を経てとり戻したかった理由は、それが稀代の名画だったからか。「アデーレ」は当時にして、既に1億ドルの価格がついていた▼サイモン・カーティス監督は、エピソードをピースの一片のように丁寧にはめ込んでいく。マリアのただ一人の姉ルイーゼが死に、遺品を整理していたら古い手紙が出てきた。姉は故郷オーストリア政府に、ナチスに没収された絵画の返還を求めようとしていた。法改正により、過去の訴えの最審理が可能になっていた。姉の遺志を継ぐと決めたマリアは、友人の息子で、駆け出し弁護士のランディに相談した。ランディは乗り気でなかったが、現在ウィーンのベルベデーレ美術館にある、クリムトの絵が1億ドルの価値と聞いて上司に担当を願い出た。マリアの一家は父と母、父の弟に当る叔父夫婦が一緒に住み、子供のいなかった叔父夫婦は、マリアとルイーゼを実の娘のように、目に入れても痛くないほどの可愛がりようだった。その叔母がモデルとなった絵をマリアは覚えている。叔父夫婦は美術品の収集が趣味で、「アデーレ」のほか、クリムトの絵が4点あった。どれもみな戦後、名門美術館が門外不出にした優品だ▼ウィーンで、予想されたこととはいえ、オーストリア政府の冷淡な対応にマリアとランディは取りつく島もない。怒り心頭に発っするが、裁判を起こすには180万ドルという巨額の預託金が必要だった。現地のジャーナリスト、チェルニンがマリアの訴えをテレビ報道で知り、協力を申し出た。彼にも辛い過去があった。父親がナチス党員だった。「戦争に協力した」父の贖罪として、息子はジャーナリストを選んだ。絵画だけではなく、家も財産も親も友人も奪われた、せめて叔母の形見を返してほしい、というマリアが欲得で動いているとは思えなかった。政府の論拠は「アデーレは、あなたの叔母上の遺言による美術館への寄贈である」だった。でもその遺言はどこにある。アデーレは1925年、髄膜炎により43歳で没した。マリアの家族のだれも、アデーレの遺言を見ていない。チェルニンがツテを頼り、美術館の資料室に入った二人は、膨大な資料の中から、アデーレのサインのある遺言状を見つけ出す。死の2年前に書かれた遺言状はこうだった。「わたしの肖像画と他の絵画は、夫の死後ベルベデーレ美術館に寄贈します」。寄贈は叔母の意思だった。オーストリアまで来たのは無駄だった。しかしチェルニンは言うのだ。「寄贈は寄贈でも条件付きの寄贈だ。夫の死後とあります。あなたたちが国を出た後、お宅の所有物はナチ高官たちの手に渡った。ヴァルトミューラーの絵はヒトラーの別荘に、叔母上がモデルのときはめていたネックレスは、ゲーリング元帥夫人の首を飾った。1945年、叔父上は、自分が残すものは全てあなた方姉妹のものとすると遺言し亡くなった。アデーレの絵をクリムトから買い取ったのは叔父上だ。つまり絵の所有者は叔父上なのです。叔母上の美術館への寄贈は法的には願望です」▼道は開かれたかに見えた。しかし政府は、今や「オーストリアのモナリザ」と呼ばれる美のアイコン、「黄金のアデーレ」を手放す気はなかった。所有権はフェルデナンド叔父にあるという主張も「ご不満なら残る道は裁判です」と美術館は突っぱねた。マリアは一人、ウィーンの街を歩いた。戦災で焼けなかった古い街並はそのままに、マリアが生まれた建物も残っていた。ヒトラーが受験した美術学校もある。裁判に持ち込むにはお金がない。マリアはランディにいった。「アメリカに帰りましょう。でもせっかくだから、収容所記念碑を見ていきましょう」。ランディは石の記念碑の前に来た。ランディの姓はシェーンベルクだ。作曲家シェーンベルクの曾孫である。彼のルーツもまたウィーンにある。祖父の祖父、祖母の祖母、彼らが乗り越えてきた過去。生きてきた重さ。ここで送られた生と死。喜びと悲しみ。愛と別離。マリアの求める「アデーレ」は、ただ絵画であるだけではない。家財を略奪され、家族が殺され、収容所に送られ、離散した運命の中にも、幸福なかけがえのない、懐かしい生が、暮らしが、家族が、愛と未来が、その絵の前にはあったのだ。「黄金のアデーレ」は、そこに生きたひとりの女性が何ものにも代えがたい、失われた過去を求めてここに来た旅だった。1億ドルのためでもなければクリムトを所有する、名誉のためでもないのである。誰にも奪えるはずのない、奪うことが許されるはずのない、その思いの深さがなぜわからなかったのだろう。「ランディ、そろそろ空港へ行かないと」声をかけたマリアに、「ちょっとトイレに」そういって場を外したランディの頬を、とめどなく涙が伝った。

 

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