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特集「ベストコレクション」

2016年7月10日

特集「7月/真夏のベストコレクション」⑩ 
ハックル(2005年 サスペンス映画)

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監督 パールフィ・ジョルジ

出演 バンディ・フェレンツ

 

シネマ365日 No.1811

美しい化け物の尻尾 

本作をサスペンス映画に分類したのには、苦笑されるかもしれないが、パールフィ・ジョルジが「タクシデルミア ある剥製師の遺言」の監督だと知れば、サスペンスかミステリーのジャンルが不思議ではなくなるでしょう。実に変わった映画で、最初は何を言いたいのかさっぱりわかりません。牧歌的な北欧の田舎で、じい様(バンディ・フィレンツ)が、ベンチに腰掛け、しゃっくりをしている。「ハックル」とは「しゃっくり」の意味です。監督は飽きもせず頻繁に、じい様のクローズアップを多用し、深くシワの刻まれた頬や額、大きな鼻、もぐもぐ動かす口元、ちょこんと頭に乗せた帽子、それらがまるで文化財であるかのように、丁寧に映していきます。きっと彼が主人公なのだ、なにしろ彼が「ヒッ、ヒッ」といっている「しゃっくり」がタイトルなのだから、と思うじゃありませんか▼ところがこのじい様はアクションを起こすわけでもモノを言うわけでもない。ただ「ヒッ、ヒッ」と繰り返す。馬車が通りかかったり、自転車の車輪が超クローズアップで映されたり、てんとう虫が指先を歩いていたり、手のひらに乗ったり、村の一画では男たちが地面に木の球を転がし、木のピンを倒すボーリングをしていたり、コウノトリが屋根の上からよく晴れた村の畑を眺めていたりします。セリフは一言もなし。蛙の声や、虫の羽音はしますけど、主婦たちがしゃべっているのはわかりますが会話としては何も聞こえてきません。若い女の子が羊の番をしている。馬車で水汲みに来たおじさんがジロジロ見ている。画面にはみ出すほど大きな黒豚の睾丸がドアップになり、農夫が彼を連れて近所の農家に行き、無事交尾させ、夫婦が笑っている、猫が腹を見せて昼寝をし、目が覚めたら台所に忍び寄り、鳥の足を盗もうと、前脚を伸ばしたり、引っ込めたりしている。こういうシーンが延々と続くのです▼つまらないかというとちょっと違う。筋書きがわからないから、意味不明ですが、だからくだらない映画かというと、そうはなかなか思えない、簡単なのか複雑なのか、よくわからない映画なのであります。時々例のじい様が現れ、「ヒッ、ヒッ」とやる。ところがふと、中年の農夫を乗せて水汲みに行った荷車が、誰も乗せずに復路を戻っていく。曳き綱がダラダラと、地面に引きずられおじさんは、どこにいるのだ。まさかあの羊飼いの女の子と一緒では…でもいないのだ。主婦の一人が年配の女性の家を訪ね、何か水のようなものを小さな瓶に分けてもらい、数本を袋に入れた。中身が何かは、観客に教えられない。うまそうな料理のシーンがある。多分息子夫婦が久しぶりに遊びに来たのだろう。孫を迎え、一家で賑やかに食卓を囲むのだ。みんなデンと座ったまま、主婦であるお母さんが忙しげにあっち働き、皿を変え、料理を盛り、配膳する。柔らかい鶏肉をミンチにする。そこへ小瓶の水を入れ、出来上がったものをとりわけ、旦那の皿を目の前に並べる。台所の外では、肉の切れ端のひっついているボールを、ちゃっかり猫が舐めていた。ところがこの猫はしばらくしてのたうちまわり、死んじゃうのだ。ハエが飛んでくる▼養蜂場のおじさんが、蜂の世話をしている。ブウン、ブウンとうなる蜂の羽音。おじさんは網をかぶり、蜂の群れの中にいる。ぶうん、ぶうん、でも次に映ったときは、蜂もいなくておじさんもいない。養蜂場は墓場のようにガラ〜ン。作物を荒らすモグラが鋤でグサッとやられ、農婦は死骸をポイ。池のそばではカエルが泳ぎ、ナマズに食われる。大きな魚を釣り上げたおじさんは魚を背中に背負って家に帰る。その池の底には死体が沈んでいた。警官がパトカーである家に行った。多分旦那か父親がいなくなったらしい。戸外のテーブルには食べた後の皿がそのままに、ペットボトルには水が残っていた。警官が家の中を調べているうちに、嫁はペットボトルの水を捨ててしまう▼署に戻った警官は、現場写真を見て、一枚の写真に写っているボトルには水が5センチほどあるのに、もう一枚の写真のボトルはカラなのに気づく。一人の主婦が、岩山から湧く水を汲みに行った。大きな容器に入れ、振り向くと警官が立っていた。だからどうなるかというと変化なし。ボーリングをする男はとうとう一人になってしまった。彼はつまらなそうに木のボールを投げ、木のピンを倒す。町で結婚式が行われた。この映画で言葉が出るシーンはここだけだ。祝宴の歌を何人もの女性が楽しそうに歌う歌詞がそれである。「亭主が嫌いな女なら/毒草を準備して唐辛子を加えましょう/亭主は8時にはお陀仏さ/亭主が好きな女なら/美味しい料理を作りましょう」これは結婚式で歌うべき歌か? 「わたしはいく/鳥さえ飛ばぬ場所へ/わたしはみなしごコウノトリ/だれも支えてくれない」喜々として歌うのだ。つまりこの映画は女たちの連続殺人を、それも習慣化されたそれを連綿と描いているわけね。フツーじゃない。やっぱり「タクシデルミア」の監督だわ。「ヒッ、ヒッ」のじい様はいてもいなくてもよかったのよ。日常にはこう言う恐ろしい非日常が潜んでいる、平和な村の暮らしの女たちの一部になっている、ということか。小型爆撃機が超低空で飛んでくるのは何の寓意か。国家規模の恐怖もことほどかように、何気なく始まっているということか。どっちにせよ、美しいパッチワークをたぐっていけば化け物の尻尾だったという、見事な匠の技だけど、二度見は勘弁してほしい。

 

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