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シネマ365日

2016年8月3日

特集「気になる女1」③ ヴェラ・ファーミガ 
ギプスの女(下)(2008年 ミステリー映画)

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監督 カルロス・ブルックス

出演 ヴェラ・ファーミガ/ニック・スタール

 

シネマ365日 No.1832

美しい象 

特集「気になる女1」

アイザックは集会で会った「志願者」の一人を訪ね「ジンジャー・ジェイクはどこだ」と訊く。彼は「真の志願者は麻痺する方法を知っている。交通事故は確実じゃない。確実なのは麻薬で骨をもろくするか、注射で脊柱を破壊する方法だ。しかし志願者が最もワクワクする方法は、プラスチックを軟化するリン酸トリオルクレシルを用いること」だと教える。リン酸トリオルクレシル、この通称がジンジャー・ジェイクだった。「手を貸さないなら靴をズタズタにするわ」とフィオナは叫ぶ。アイザックは手にいれたジンジャー・ジェイクを取り出し「麻痺の手助けはしない。君の過去に何があったとしても、君の身体を麻痺させることに値しない」と言い返す。アイザックはフィオナの真意がだんだんわからなくなってきます。最初のインタビューでフィオナがいった言葉を何度も聞き返しヒントを得ようとする。彼女はこう言っている「信じられないわ。あなたが話すことが、よ」。フィオナは「健常者が麻痺を望む理由は何だろうと研究している」と、いかにももっともらしいわけをいってアイザックに近づいたのですが「病理は明らかにされていない」と医学的な見解がはっきりなされている以上「理由は何だろう」と、素人が回答を求めても意味ないわけです。ここに明らかに監督の罠があります。アイザックの回想が入ります。広大なチューリップ畑の真ん中を通る、一本道を車が走っている。中に8歳のアイザック、父親と母親。そこへ少女が飛び出した。ハンドルを切った車は横転、父と母は即死、子供だけが生き残った…車に衝突した子供がフィオナだった▼彼女は母親から一生あの男の子は車椅子だと聞いた。「でも命が助かったとわかって嬉しかった」。やっと謎は解けた。フィオナの「麻痺願望」は彼女の贖罪だったのだ。「僕を傷つけたから、僕の手で傷つきたかったのか」。もういい、フィオナ、君の気持ちはわかった。アイザックは精根尽きたようにいう「靴はあげるよ」。でも違った。フィオナの真意は違ったのだ。彼女は靴に見向きもせず「あなたの麻痺はヒステリー性よ。つまり精神的なものなの。何人の医者に診察を受けた? 完治できないと本当にいわれた?」アイザックは苦しそうに顔を背ける。「健常者が麻痺を願う理由は何か」またもやフィオナは繰り返す。でも今度は謎解きの鍵です。「この星に宇宙人が来ることを想像したわ。彼らは車椅子の人たちを見て、王や王妃だと思うはずよ。専用スロープはあるし、立つ必要もない。わたしはずっと夢見ていた。いつかあなたの口から、君を許すっていってくれることを。例えばラジオで呼びかけてくれる、そんなことも」。フィオナはアイザックに靴を返す。アイザックは、靴を履いていない自分の足が動いたのがわかった。フィオナはそれを自分の目で確かめ、太いため息をついて部屋を出て行った。それきりだ▼どういうことか。フィオナはアイザックの麻痺が心因性だとわかっていた、少なくとも歩けるようになる可能性はあると察しをつけていたのですね。何しろアイザックの身辺をストーカーみたいに見守ってきたのだから、彼が必死で麻痺回復に向き合わないのは、車椅子の自分をどこかで庇護している、と彼女はみなした。確かに贖罪の気持ちもあった、ひどい目に合わせてしまった、一生を奪った、悪かったとも思った。フィオナの本当の目的は、アイザックに自分の足で歩ける人生を取り返させることだった。その計画の途上で自分自身がギプス装着に魅了され「愛好者」になり「偽装者」になり、たとえアイザックを挑発するだけだったにせよ「志願者」になり、アイザックと深い関係になり、ともかく次第に深みにはまり込み、自分が病的になってきたことはわかったはずだ。日常性から逸れていく彼女の危なっかしさを絡めることによって、映画は厚みを増していったのだから、監督の企みはうまくいったのだ▼アイザックは杖をついてともかく歩行できるようになった。フィオナが勤めていた美術館に行き、修復した古代中国の美しい象の彫刻を見る。彼女は今からでも彫刻を勉強し、こんな象を彫りたいと言ったことがある。できないことなんかない、アイザックにもそう言った、人は望むものになれるのだと。歩けるようになりたいという彼の悲願は叶えられたではないか。フィオナが姿を消したわけがわかる。彼女もまたアイザックの「歩ける脚」を取り戻そうとする過程ではまり込んだ、刺激とエクスタシーに彼女自身が戸惑い、自分を振り回す「ギプスの女」に疲れ切ったのだ。彼女がアイザックの部屋で、彼の動く脚を見たときについたため息は、重い長い肩の荷をやっと降ろしたため息だった。今度は彼女が「ギプスを外した女」としての自分を取り返す番だ。彼女は言っている。毎日少しずつ時間をかけて続ければ、10年後には一流になれる。美しい象だって彫刻できる…フィオナ、自分がそうなればいいのよ、美しい象に。あの彫刻、ホントに魅力的だったわね。

 

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