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シネマ365日

2016年8月11日

特集「懐かしい、あいつら1」② 
女ともだち(1964年 社会派映画)

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監督 ミケランジェロ・アントニオーニ

出演 エレオノラ・ロッシ・ドラゴ/ヴァレンティナ・コルテーゼ

 

シネマ365日 No.1840

アントニオーニの記念碑 

特集「懐かしい、あいつら1」

あ〜驚いた、ミケランジェロ・アントニオーニがこんなわかりやすい映画を撮っていたなんて。1964年の日本公開だけど、製作年は1955年、アントニオーニが43歳のとき、初期にあたります。この後彼は愛の不毛を描く監督として、難しい映画を撮りまくるのです。有名な映画賞を総なめにする監督だし、彼の映画がよくわからないのはわたしだけで、えらい監督に違いないのだ、そう思って不安なまま見ていたのです。でも「欲望」なんか忍耐レースだったわよ。かろうじて「太陽はひとりぼっち」を覚えているくらい。主演がアラン・ドロンだったからね。じゃ、なぜ彼は憑かれたように、偏屈な映画を撮り始めたのか。多分、奥さんから言い出された離婚ではないかと推測するのよね。本作の直前に12年連れ添ったレティシアが離婚を告げています。以後女性不信というより、愛の不信に…にというのは単純すぎる構図かもしれないけど、人の心ってみな、単純なものなのよ▼真因はどうあれ、彼の映画がガラッと、少なくとも「女ともだち」のように撮られなくなったのは事実で、「愛なんてこの地球のどこにもない」「愛しあうなんて不毛以外の何物でもない」「女はあてにできない」ムードが映画に立ち込め、「メロドラマを憎む監督」はアントニオーニの代名詞になりました。ところがこういう陰々滅々の映画に限ってヨーロッパでは評価されるのね。カンヌだ、ベルリンだ、ベネチアだと、公開ごとに映画賞をオールいただき。でもね、「情事」ときたら「女なんかどっかいけ」とばかり、登場人物がホントにいなくなり、いなくなったまま尻切れトンボで映画は終わり、アントニオーニは探そうともしてやらないのよ。たまげたわね。これ以後よ「アントニオーニもしたことだから」とばかり、作中人物を都合のいいところで、平気で退場させる映画が増えたのは▼主たる女優は4人。ヒロイン、クレリア(エレオノラ・ロッシ・ドラゴ)、ロゼッタ、ネネ(ヴァレンティナ・コルテーゼ)、モミナです。クレリアはローマからトリノに支店開設にきた支配人。ホテルに投宿そうそう、自殺未遂事件に巻き込まれ、それが縁でセレブのモミナ、陶芸家のネネ、彼女の夫で画家のロレンツオ、自殺を図ったロゼッタ、店舗の設計助手カルロらと知り合う。ロゼッタはロレンツオと不倫関係にある。クレリアは失意のロゼッタの力になろうと、オープンした自分の店で仕事するようにすすめるが、モミナはロレンツオとの恋を貫くべきだと煽り、その気になったロゼッタは男に猛進する。ネネはニューヨークで個展が決まり、アーティストとしてアメリカで再出発することを決める。ロゼッタは男に、自分かネネか、最後の回答を求めるが妻と別れられない男に絶望し入水、死んでしまう。クレリアは夫婦関係の冷え切ったモミナの、軽はずみな助言がロゼッタを死に追いやったと店のオープニング・パーティーの席で弾劾する。モミナは上客だから自分はクビだと腹をくくり、カルロとトリノで一緒に暮らしていこうと決める。そこへオーナーがローマから来る。彼女は言う。ここなのよ、いちばんびっくりしたのは。「クレリア、わたしたちは何年も同じ仕事をしてきて、長い付き合いになるけどお互いのことを知らない。仕事だけの付き合いだった。わたしは運がよかったといわれているけど苦難はあったわ。それを乗り越えてきただけよ。この仕事が大好き。満足しているわ。でも時間がなくて、自分が幸せかどうかもわからない。いいこと? それが幸せの証なの。わたしの歩いた道が正しいかどうか、わたしには判断できない。確信しているのは何の悔いもないことよ。クレリア、好きにしなさい。あんな事件の後、トリノにいるのは辛いわね。仕事にも影響する。ここはやめたらいいわ。でもローマなら仕事はあるわ」「ローマに何が?」「仕事ですよ。わたしと仕事してちょうだい。とにかく後でお店に来て。ローマに行くならすぐ出発よ。10時の汽車よ。今夜わたしの気が変わらないうちに、いいわね。ホントはわたし、あなたを妬んでいるの。あなたはいつも思い通りに生きて、いつもわたしが我慢するだけよ。だから胃が悪いの」▼このセリフが言われたのは60年前だ。アントニオーニが女性に対し、いかに柔軟な思考と女性像を持っていたか、他の女嫌いの(特にハリウッドの)監督に比べたら驚愕ものだろう。クレリアはどうしたか。その足でカルロに会い「10時の汽車に乗るわ」と告げ「あなたに電話したときはここに残る気だった。クビだと思っていたから。でも彼女(オーナー)が、間違いや反抗を許さず、わたしを理解しない人々からわたしを救い出してくれたの。あなたがいてくれて幸せよ。わたしはひとり暮らしが長すぎた。働くことが人生の中心なの。そして女であり愛があるわ。たぶんそのうち、男の人に巡り会えるでしょう。お互いに無理をせず、生活していける人が。でもわたしとあなたが結婚したら、どちらかが不幸になるわ。わたしだってお別れは辛い。先に駅に行ってバーで待っているわ。何か飲みましょう、以前のように。そして汽車まで送って。そうしましょう、いいわね」いいわねもヘチマも、カルロは呆然である。たぶんアントニオーニの妻レティシアは、クレリアのような女性で、彼はそんな妻が好きだったのだろう。人間だれしも無傷では生きられない。本作以後、傷ついたアントニオーニが、愛の作家として世界的な名声を得たことを思うと、これは彼にとって記念碑的作品よ。

 

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