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シネマ365日

2016年8月13日

特集「懐かしい、あいつら1」④ 
サン・フィアクル殺人事件(1959年 ミステリー映画)

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監督 ジャン・ドラノワ

出演 ジャン・ギャバン

 

シネマ365日 No.1842

メグレの掟

特集「懐かしい、あいつら1」

ジャン・ギャバンは3作の「メグレ警視」に出ました。パイプを片時もはなさず、つばの広いフェルト帽、厚手のコートに身を包み、のっそりクマみたいに歩きます。ジョルジュ・シムノンによればメグレは身長180センチ、100キロの偉丈夫でビールが大好き。パリ11区のアパートに妻ルイーズと暮らし、彼女から贈られたパイプを愛用し、捜査は単独で行うことがおおい。オープニングは車窓から田園を眺めるメグレです。フィルムは白黒です。肉厚の頬、あぐらをかいた鼻、引き結んだ唇、髪は白くなり動作はゆるやかだが、ときどきキラっと光る目が鋭い。身長こそ180センチにはほど遠いですが、メグレ警視のイメージと存在感に違和感はないです。歴代メグレを演じた俳優には、ピエール・ルノワール(「深夜の十字路」)、チャールズ・ロートン(「エッフェル塔上の男」)、ジャン・リシャール(テレビ「メグレ警視」シリーズ)らがいます▼本作はメグレの生い立ちとかかわっています。トリビアですが、サン・フィアクル村はメグレの生まれ故郷。父はサン・フィアクル城の管理人だった。メグレ少年は城主の令嬢にひそかに憧れをよせていた。今回、メグレが訪問するのはほかならぬ彼の故郷です。依頼人はサン・フィアクル伯爵夫人。メグレ少年の思い出の人でした。メグレは40年ぶりに故郷にもどり、伯爵夫人と再会したわけ。伯爵夫人は「灰の水曜日、お前は死ぬ」という脅迫状を受け取っていた。雑誌か新聞の字を切り抜いて張った文面だ。夫人は全然思い当たるものがない。館にはムーラン日報に美術批評を書いている秘書サバチエ、執事のゴーチェがいて、心臓の弱い夫人にかわり、館を切り盛りしていた。館内には図書館や、高価な肖像画や、美術品のあった跡がいくつもある。メグレは身分を隠し、古物商と紹介されていた。秘書は図書館にいるメグレに「値打ちのある初版本はほとんど残っていませんよ」とあけすけに言う。息子のモーリスが浪費家で、実家の財産を使い果たし、かつ80万フランの借金をこさえているというのだ▼問題の水曜日が来た。早朝ミサに夫人は出席し、メグレはかたときも夫人から目を離さなかった。ミサが終わってメグレが夫人に話しかけると、夫人は椅子に倒れこみ、すでに息絶えていた。富豪夫人の死、名探偵の登場、浪費家の跡取り息子、古城の屋敷、そろいすぎるほどのロケーションである。メグレの推理はどう出る。心臓が悪く、ときどき発作を越していた夫人は病死かと思われたが。メグレは一蹴する。これは殺人である、犯罪である。彼は身分を明かし聞き込みに回った。なんといっても生まれ故郷である。雑貨屋のかみさんは少年だったメグレを覚えていた。息子のモーリスがあたふたとパリから帰ってきた。みるからに金持ちの一人息子で、母親に小遣いをせびる以外、屋敷に近づきもしなかった。彼は刷り上がったばかりの朝刊を持っていて、そこにはモーリスが自殺したという記事がデカデカと載っており、こんなものを母親が読んだらショックで死んでしまう、目にふれないうちに飛んできた、というのが彼の言い分だ▼なんといっても半世紀以上前の推理映画ですから、筋立ても事件も、今どきの、凄惨を極めたサイコ・ホラーなどとは全然ちがいます。のどかで牧歌的で、登場人物は少ないうえにキャラはわかりやすく、説明的です。悪の権化のような男も女もいませんが、それはそれでローカルな地元料理のような味わいがあります。聞き込みやパリ警察へ協力を要請し、メグレは事件をときあかし、関係者を集めてネタバレする。犯人は、夫人が息子の自殺を知ったら心臓が止まる、と確信していたのもふんでいたのもおめでたいですが。息子が自殺? やれやれ、これで自分が手をくださずにすんだ、と思うだれかがいた、という発想はないわけね。今じゃそんな事件のほうが多いのですが、家族とくに母親は子供を愛するもの、その死がショック死するほど応えるもの、という家族観でひとつも不思議はない時代でした▼思えば犯罪の推移で劇的な変化をとげた要因のひとつに、家族観があると思えます。もちろん昔だっていがみあったり、だましあったり、そねみあったりするのは、家族といえども人間の常だったけど、社会常識とか、道徳観が少しは抑止を伴わせていたと思えます。少なくとも日本では孝行息子・娘は子たる者の最高の美徳とみなされました。こういうわかりやすい道徳律って、素朴でいいわよね。会津藩什(じゅう)の掟にあるじゃない。「ならぬことはならぬものです」。メグレってそういう道徳観の似合う人なのよ。少年時代の憧れの人を殺したやつなんか、だれがなんといおう刑務所にブチこんでやる。ギョロ目をヒン剥いたときのジャン・ギャバンの迫力には、余人の追随及びがたし。

 

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