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シネマ365日

2016年8月14日

特集「懐かしい、あいつら1」⑤ 
マンハッタンの哀愁(1965年 恋愛映画)

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監督 マルセル・カルネ

出演 アニー・ジラルド/モーリス・ロネ

 

シネマ365日 No.1843

極悪人って、そういないよな

特集「懐かしい、あいつら1」

ジョルジュ・シムノンの原作、監督がマルセル・カルネ、主演がアニー・ジラルドとモーリス・ロネとなると、映画のでき・不出来以前にとりあえず見てみたい、という気になりませんか。今回はモーリス・ロネとアニー・ジラルドについて。ロネが38歳、ジラルドが34歳。監督・俳優とも本拠地フランスを離れ、完全アウェーのマンハッタンで芝居します。マンハッタンとはパリと同じ、名前だけで映画のステージとなる物語の都市ですが、それが吉とでるか凶とでるか。結論をいうとどっちでもないのですね。「パリのアメリカ人」ではなく「マンハッタンのフランス人」というべきなのでしょうが、この俳優ふたり、マンハッタンでもパリでも、ロケ地はどこでも、わたしらの役はこうなのよ、とでもいう自然な感じで溶け込んでいます。フランス語なまりの英語が通じなくて、バーに入ったロネが何度も言い直す、たまたまカウンターの隣に座っていた女が、ききとりやすい英語で注文してやる、これがきっかけでふたりの異邦人は知り合いました▼フランソワ(モーリス・ロネ)は妻に愛人ができて別れ、傷心をかかえ、人生をやり直そうとニューヨークにきた俳優、でもなかなか役はつかない。ケイ(アニー・ジラルド)は元外交官夫人。離婚して夫のもとに娘を残し、いまは友人のピエールと部屋をシェアしている。行きがかりで一夜をともにするが、なんとなく離れがたく、翌日も同じホテルに泊まる。どっちも自分の住まいを教えない。こういうところ用心深いというか、相手の本性がまだわからないから警戒が先にたっています。身の上もなかなか打ち明けませんが、徐々にお互いの身の上がわかってきて、三日目になってやっとフランソワは、マンハッタンの場末の、汚い自分の部屋に連れてきます。ケイは部屋を一目見て、うらぶれた男のひとり暮らしを見て取る。ハハン、これじゃ女はいそうにもないな…こういうところやっぱりヨーロッパ映画だなと思うのです▼ケイが同居するようになって、部屋はみちがえるほど整頓され、フランソワが起きたらテーブルには朝食のセッティングがなされ、笑顔のケイが熱いコーヒーを淹れてくれる。ジョルジュ・シムノンの原作は読んでいませんが、いかにも彼の叙情性があふれ、コーヒーの香りがただよってきそうなシーンです。こらもう離れられんわ。人間、居心地のよさを感じるのには色んな個別のシーンがあるでしょうが、朝のスタートが快いというのは最たるもののひとつかと思えます。でもま、映画ですからそうそう順調にいくわけにもまいらず、ケイの娘が病気になってメキシコの夫の任地にとび、看病しているうちにフランソワはテレビの仕事がはいって、ケイの留守中、もしや夫とよりを戻すのでは、などと不安が生じる、で、彼は浮気しちゃうのですが(二、三日留守にしたくらいで浮気の理由になるのかよ、ケッ、どこまで男に都合いいのだろ)と思わない女性、いたでしょうか▼しかしながらこの映画、根性ワルがひとりもいないのです。フランソワは妻が男をこしらえ「悪いけど出て行くわ。外で待っているの」。夫はアッケにとられ、ガクッとくるがそれだけ。妻を憎むでも仕返しを計画しようなんて思わない。フランソワが浮気した相手がまあよくできた女性で、男がベッドでケイの電話を受けてすべてを察し、あとくされないどころか、やさしい思いやりの言葉を残して去る。ケイはケイで、浮気を知って怒りはするが、フランソワは自分がいなくてそこまでさびしかったのだと思って許す。どことなくマシュマロみたいな映画になってくるのですが、くそばからしい、と思えないのは、実人生にはとんでもない極悪人って、そうそう、お目にかかるものじゃないのですよね。いい加減で、無責任な男も女もいるし、つきあいたくない連中もいる、でもそれはそれなりに接触しないで生きていける方法もみつける、日常レベルの喜怒哀楽の源は「堪忍して〜な」で案外すませているのではないか。そう考えると、本作のすべての事件を「そこそこ」で収める技術は、わたしたちが本能的に知っている生活知以外のなにものでもない。それが案外、このふわふわした映画の、足が地についているところだと思えるのです。

 

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