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シネマ365日

2016年8月16日

特集「懐かしい、あいつら1」⑦ 
ゴーン・ベイビー・ゴーン(2007年 社会派映画)

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監督 ベン・アフレック

出演 ケイシー・アフレック/ミシェル・モナハン/モーガン・フリーマン/エド・ハリス

 

シネマ365日 No.1845

児童虐待をめぐって

特集「懐かしい、あいつら1」

本作におけるベン・アフレックは俳優ではなく監督をやっています。監督第一作です。原作は「ミスティック・リバー」「シャッター・アイランド」と同じデニス・ルヘイン。シリーズもの「探偵パトリック&アンジー」のうちの「愛しき者はすべて去りゆく」。内容に直接関係ありませんが、同シリーズのタイトルは「スコッチに涙を託して」とか「闇よ、わが手を取りたまえ」「穢れし者に祝福を」「雨に祈りを」など、感覚的、叙情的なものが多いです。「愛しき者はすべて去りゆく」にしても、シャンソンのタイトルみたいだわ。それが「ゴーン・ベイビー・ゴーン」になった。ベン・アフレックはそんなに「ゴーン」が好きか(笑)。主役のパトリックにケイシー・アフレック。ベンの弟です。アンジーにミシェル・モナハンです▼ドラマの中心にあるのは児童虐待です。7歳の少女アマンダが誘拐された。誘拐事件のリミットは総じて72時間、それが過ぎると生存の可能性は難しい、と担当のジャック・ドイル警部補(モーガン・フリーマン)は家族に言う。ボストンで少女誘拐事件が多発しており、警察の捜索はらちがあかないと、アマンダの叔父ライオネルとベアトリスは同じ街に住む、探偵パトリックとアンジーに調査を依頼した。アンジーは自分たちが専門とするのは夜逃げであるから断ろうとするが、パトリックは積極的に受ける。居てもたってもおれず「ダメモトでもいい」と頼み込む叔父叔母の懇請に負け、アンジーも参加する。叔父叔母と書いたが母親へリーンはどうか。彼女はジャンキーでろくに娘にかまわず、男と遊び歩き、アマンダは実質叔父叔母が面倒みているのである。捜査に加わるパトリックとアンジーのために、情報提供する刑事がレミー(エド・ハリス)とニックである。彼らは警部補から指示されたものの、探偵稼業のパトリックらに警戒を解かない。助演陣が重厚だ▼映画は手堅く進行します。パトリックとアンジーは、ヘリーンの情人がドラッグの売人から大金を盗んだ情報を得ます。ふたりはレミー刑事と協力して誘拐犯と接触し、アマンダを取り返そうとしますが、入り組んだ闇社会の組織や人間関係が立ちふさがる。裏社会にうごめく怪しげな人物たちが現れるたび、ミステリーの色合いが強まり、謎が謎を呼んでいく、このへんのプロセスの作り込みが丁寧だ。やがてアマンダの監禁場所を特定したパトリック、アンジー、レミー、ニックのチームは踏み込んだが犯人に先をこされ、アマンダは崖から足をすべらせ海に転落する。上から見ている4人の目に、アマンダが抱いていた人形が浮いているのが見えた。アンジーは勇敢にも人形をめがけ飛び込んだ。アマンダは発見できなかった。犯人は逃がした、少女の遺体はみつからない、捜査の責任をとってドイル警部補は辞任、年金支給額は半分に減額された。それから数ヶ月、パトリックはアマンダがいた部屋に立ち寄った。そこは壁が薄いから隣室のケンカまでよく聞こえてうるさくて仕方ないと、ライオネルがこぼしていたが…この部屋でいつもアマンダに絵本を読んでやり、寝かしつけていたライオネルには、ケンカだけでなく普段の会話も聞こえたのではないか…▼警部補は自分の娘を誘拐され、殺された悲惨な経験があった。レミーもクールな刑事だが「子供は好きだ」と言っていた。盗んだ金は発見されたが、なぜ簡単に発見されたのか。もともと金は目当てではなかったのではないか。調査を再開したパトリックは重い現実に突き当たる。ある日引退した警部補の家を訪ねた。そこには生きて、楽しそうに暮らしているアマンダがいた。すべては警部補とラリーとレミー、そして姪を可愛がるライオネルの仕組んだ芝居だった。遺体が上がらなかったのも当然、アマンダは始めから海に落ちてなどいなかったのだ。育児放棄の母親のもとから子供をひきはなす。しかしパトリックは、犯罪は犯罪だとして逮捕を主張する。事実を知ったアンジーはパトリックに思いとどまるよう説得するが、彼は自説を曲げない。ジャンキーでも母親は母親であり、彼女に養育されるのがいちばんいいのだと譲らない。母親のもとに戻ったアマンダは、再び薄暗い、陰気な部屋でテレビはつけっぱなし、買い置きのジャンクフードを食べ、置き去りにされている。正義、正義というが、そんなのパトリックの自己満足だろ。これから教育も受け、健康にも配慮され世間の仕組みも学び、社会的人間として成長していかなければならない、またそうする権利のあるアマンダの将来はどうする。逮捕はしたけれど、そのあとに続く長い少女の人生にパトリックは責任を持てるのか▼頭の固い男だなあ。後見人として警部補たちは適任だったはずだ。若い独身の男ではなく、家庭を持ち、子を亡くした悲しみも知り、世間の酸いも甘いも噛み分けてきた大人の男たちだ。教条的な正義をふりまわすパトリックに嫌気がさしたアンジーは彼のもとを去る。この映画でいや〜な気分になる理由は、その現実が解決しがたい辛い問題であったためではなく、問題を扱った判断が軽率だったからよ。

 

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