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シネマ365日

2016年8月22日

特集「懐かしい、あいつら1」⑬ 
ハイ・シェラ(1941年 犯罪映画)

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監督 ラオール・ウォルシュ

出演 ハンフリー・ボガード/アイダ・ルピノ

 

シネマ365日 No.1851

ボギーはボギー 

特集「懐かしい、あいつら1」

ハンフリー・ボガードの初主演映画というので選びました。ボガードはこのときすでに42歳になり、劇中「老いぼれ」と呼ばれます。当時は40過ぎたら早やそういう感覚だったのでしょうが、かえってこれがよかった。世間の裏も表も知り抜いた中年の重さがなければ、彼が一時代を画したハードボイルド・ヒーローは生まれなかったでしょう。サクセスには「待つ」ことを知る必要があります。ボガードと12年の結婚生活を共にし、子供ふたりを得て、人も羨む仲のいい夫婦であったローレン・バコールの自伝「私ひとり」(文藝春秋、山田宏一訳)は、ハリウッドと俳優ハンフリー・ボガードの側面史としても貴重な資料ですが、バコールの健筆にも驚かされます。タッチが正直で明るく、読むにつれ、ボガードがいかに家庭的な夫であり、父親であったかが伝わってきます。同業の女優や監督に対するバコールの飾り気のない賞賛と批判は、長年の交友を経なければわからなかった説得力があります▼彼女が描く夫は「こうと決めたらテコでも動かず、いかにフランク(シナトラ)が懇願しても口説いても、ボギーに自分が誰かを忘れさせることはできなかった。その執拗なまでの自己認識がボギーの最大の強さであり、彼の男の友人たちにとって最も大きな魅力のひとつだったことは、たしかだーそしてもちろんわたしを含めた女たちにとっても若い世代のボギー・ファンにとっても」。これだけでほぼ、本作以後の作品の主人公のキャラは言い当てられているようなものです。1999年作製だからちょっと古いですが、AFI(アメリカ映画協会)による「映画スター・ベスト100」でハンフリー・ボガードが2位にいるのは、彼が脇目もふらず、自分の性格に最も適した硬派の男を演じ続けたからです。ボギーはハリウッドが嫌いで生まれ育ったニューヨークが好きだった。バコールと気があったのは、彼女がブルックリン生まれのニューヨーカーだったことと無縁ではありません。休みには家にいてテレビをみたり本を読んだり、妻の料理を食べ、夫婦でくつろぐ時間を大切にした。女・恋愛・家庭に目もくれないサム・スペード()とえらいちがいですね(笑)▼孤独な犯罪者ロイ・アールを演じた本作はボガードのターニング・ポイントとなりました。本作によって彼は、暴れるだけが能ではない、耐えるときは耐え、どんなに愛していても別れるときは別れる、男の渋さと厳しさを刻印しました。本作のトップ・クレジットは主演女優のアイダ・ルピノで、ボガードは2番目です。ボガードの名が最初に出なかった最後の映画といわれます。当時はアイダ・ルピノがトップで当然だったからでしょうが、今からすればボガードが譲ったようにも思える。そう取っても不思議ではない度量を感じさせるのが彼のトクなのでしょうね。事実ボガードは女優をひきたてるのがうまかった。とはいえ、本作のアイダ・ルピノは絶品です。銀行強盗を企む男ふたりとロイはチームを組むのですが、彼らは若くて腕っぷしは強くても、ロイの経験とツボの抑え方にかなうすべもなく、強盗業(もしあったとして)を勉強することもせず、場当たりに襲撃しようとする粗野でアタマの悪い男たちである。用意周到に計画を練り、役割を決め、一度の失態は許すが「つぎは殺す」と断言するロイに、酒場の女マリー(アイダ・ルピノ)は惹かれていく。しかしロイの愛する女はモロ清純派のヴェラだ。彼女は足が悪いが手術すれば治ると聞いてボガードは手術費を捻出する。星空を見ては星座を教えてやり、ヴェラは行儀がよくて品があるとマリーにほめる。男、それもボガードのような難しい男に対する屈折した恋情と信頼を、アイダ・ルピノはときに隠蔽し、ときに弾け怒り、巧みに演じわける▼「ハイ・シェラ」とはシェラネバダ山脈のこと。ボガードが逃げ込んだ岩石ばかりの山々です。マリーは投降を呼びかけるよういわれるが、逮捕され一生刑務所か電気椅子より、彼らしく死なせてやってと頼む。マリーが来ていることがわかったロイは、こらえきれず姿を現し「マリー、マリー」と叫び射殺される。ロイの遺体を前にマリーが刑事にきく。「逃げるってどういうこと」「妙な質問だな。自由になることさ」。マリーの目が輝き「自由、自由」とつぶやく。それこそがロイの夢見たあこがれだった。死によってロイはやっとだれにも奪われない自由を手に入れたのだとマリーは確信する。破滅こそふさわしい男と、そんな男には死だけが救いと信じる女が乾いています。

 

 

 

※サム・スペード=ダシール・ハメットの小説「マルタの鷹」などの主人公。レイモンド・チャンドラーのフィリップ・マーロウと並ぶハードボイルドの私立探偵。

 

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