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シネマ365日

2016年8月31日

特集「B級クィーン1」⑨ 
ザ・ヴァンパイア 残酷な牙を持つ少女(2015年 恋愛映画)

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監督 アナ・リリ・アミリプール

出演 シェイラ・ラウンド

 

シネマ365日 No.1860

コメディか、メルヘンか 

B級クイーン27-31

「残酷な牙を持つ」という妙な邦題のために、イメージが全然違ったものになっています。残酷どころか、ヒロインのヴァンパイアは人助けを専らとしている福祉員みたい。そら、ヴァンパイアですから空腹になれば血を吸うのですが、シェイラ(役名と本名が同じ)は人間でいえばせいぜい17、18歳の少女だ。何千年も生きるのが吸血鬼ではあるが、本作はアナ・リリ・アミリプール監督の実験作というか、名作のコラージュというか、自分が面白いものを貼り付けてこの映画を作っている。ヒロインの部屋というのが、ごく普通の女子大生の下宿である。狭い空間に貧しい家具や寝具、壁にはマイケル・ジャクソンやマドンナのジャケットがペタペタところ狭しと貼ってある。このヴァンパイアは極端に喋らないことを除けば、本当に「コドモ」なのだ▼物語も、陰鬱なモノクロ映画の体裁はとっているが、単なる少年少女の出会いと恋と、お定まりの「二人で街を出る」なりゆきでエンド。シェイラが、素行に問題ありそうな少年から取り上げたスケート・ボードで、楽しそうに真夜中の町を滑走し、ドラッグで足腰立たなくなった恋人を、ボードに乗せて滑らせながら運ぶ吸血鬼なんて、青春コメディもここまでであろう▼町の名前が「バッドシティ」。もちろん架空の都市だ。国はイラン。油田から何本もそそり立つ採掘のクレーン、黒い煙を噴き上げる煙突、乾いた大地には犬の子一匹見当たらない。シェイラの恋人、アラシュは大きなオス猫を飼っている。オープニングは、どこか訳ありのアラシュが気だるげに柵にもたれ、あてどなく遠景のクレーンなどを見ている。アラシュはおもむろに板をこじ開け、体格のいい体をねじ込ませ、しばしスクリーンから消える。ややあって、両手に大きな猫を抱えている。撫で回し、さすり上げ、ホホズリし、大事そうに車に乗せる。どういうことか。人の敷地に潜り込んだ飼い猫を連れ戻す、それだけのシーンを、深淵な意味ありげに見せられただけなのだ。このへんで本作の正体を知るべきである(笑)▼ポン引き、娼婦、ジャンキー。バッドシティにふさわしい人物たちが登場する。少女ヴァンパイアは、町をふらついている男の子に「いい子にしていないとダメよ」と念押しするし、娼婦を痛めつけ金を巻き上げるポン引きはあっさり咬み殺し、男が身につけていた贅沢な時計やキンキラのネックレスを剥ぎ取り、娼婦を解放する。少女のいでたちがふるっている。黒い長いチャドルをまとい、深夜の街路に忽然と姿を現わす。シェイラはアン・ハザウェイに似た美人です。彼女が影のように町を歩くとき、流れるメロディが、なにこれ、荒野のガンマンか夕日のガンマンと間違えそう。シェイラは獲物を探しているときにアラシュに出会います。彼は仮装パーティーで着ていた吸血鬼の衣マントを羽織っている。シェイラはアラシュと気があったと見え、アラシュの首筋が丸見えなのにパックリやらない。本物の吸血鬼と偽物の吸血鬼が恋に落ちるのですから、監督の意図はコメディからメルヘンに変わったのか▼アラシュはシェイラをデートに誘う。時刻は夜の10時。吸血鬼は昼間寝ていますからね。でもなんでそのあたりの時間設定が、何も知らないアラシュにわかるのか、ということは無視されています。しかしこのあたりに来ると、本作は大真面目にストーリーを追うのでも登場人物の思想や背景を忖度するのでもなく、ワンシーン、ワンシーンの表出の面白さ、モノクロトーンの鋭い陰影などを感得すれば上出来、という結論に辿り着きます。女性監督アミリプールは、イラン系アメリカ人。UCLAで映画を学び、これが長編第一作です。どこか人を食った作風が面白いですが、今後のことはまだわかりません。キアヌ・リーブスを主人公にした次作が待機中というから期待しています。

 

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