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特集「ベストコレクション」

2016年9月4日

特集「天高く初秋のベストコレクション」④ 
パリ3区の遺産相続人(2015年 家族映画)

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監督 イスラエル・ホロヴィッツ

出演 マギー・スミス/ケヴィン・クライン/クリスティン・スコット・トーマス

 

シネマ365日 No.1864

だれの愛もいらない

特集「天高く初秋のベストコレクション」

離婚歴3度、子供はなく借金まみれで自殺に失敗、ぞんざいな口を利く金のない58歳のアメリカ男マティアス(ケヴィン・クライン)。絵に描いたような負け犬人生だ。疎遠だった父が残したパリ3区のアパルトマンを調べに、あり金はたいて渡仏、やってきたら広い風雅な住居に、イギリス生まれの老婦人、マティルド(マギー・スミス)とその娘クロエ(クリスティン・スコット・トーマス)が住んでいた。フランスに200年前から存在するヴィアジェという独特の不動産売買システムによって、マティルドがマティアスの父に売却したそのアパルトマンに、マティルドが死ぬまで住み続けることができ、買主(マティアスの父)は、売主つまりマティルドに、彼女が死ぬまで2500ユーロを、毎月ローンの代わりに支払い続ける、ということになっている▼ニューヨークに帰る金もないマティウスは、家賃を払ってマティルドのアパートの一室に住まわせてもらう。彼はなんとかしてアパートを売却したい。不動産屋を回り、部屋にある椅子やランプを無断で売り、当座の現金を作る。「貧すれば鈍する」が服を着て歩いているようなマティアスである。横柄な態度は「負け犬」の裏返しとでもいうべきか。彼は自分について説明する。「親父は俺を愛さなかった。セラピーにかかると自分の子供時代を思い描き、膝に抱いて抱きしめてやれと言った。僕がイメージしたのは、膝に子供をのせ手をかけている自分だった」そして自分のことを「疫病神でキスした相手を不幸にする。昔は友だちもいた、自分はジムと呼ばれていた、ニューヨークのパークアベニューのそばで育ち、親が裕福で銀のナイフとともに生まれてきたといわれた。鏡の自分をみれば子供の頃の自分がいる。大きくなったのは体だけ。親が駆けつけてくれるのを待っても無駄だ。そんな日はこない。親は要らないと自分にさとし、前に進むしかない」▼これが67歳の人生の総括に差し掛かった男の言い草か。中学生でも、もう少ししっかりした現実把握をしているのではないか。なんでも親と運と人のせいにして死に損なったこの男は、部屋で古写真を見つけた。子供だったクロエと自分の父が写っている。しげしげと見て、それをマティルドの前に投げ出し「説明しろ」。マティルドが92歳でなければ叩き出されても仕方のない口の利き方である。イスラエル・ホロヴィッツ監督の長編第一作だ。映画は半ばまで、コンプレックスまみれのマティウスの愚痴と繰り言が、渦巻くばかりで退屈きわまりない。波乱が生じるのは、写真を挟んでマティルド、マティアス、クロエがそれぞれの立場で喋りだしてからだ。構成が静的で、セリフ主導の映画なのである。「なにが起きているかを知ったのは10歳のときよ」とクロエ。「君はなにもしなかったのか」とマティウス。「なにができたと? 10歳よ」「なぜ親父さんは傍観していた?」「耐える人だったから。それがフランス人よ」…▼マティルドとマティアスの父は不倫の関係だった。マティアスの母は悩み何度も自殺を試み、マティアスが大学生のとき、目の前で頭を撃ち抜いた。マティアスはマティルドにいう「母は子供のために離婚しなかったのだ」子供ためですって、という顔でマティルドが「わたしが離婚したのは自分の意思よ」。クロエはこうだ。「わたしは愛されずに育ったとわかっている。マティアスの寝顔がパパそっくりで、思わず死を願ったわ」要はマティアスもクロエも、自分は愛されない子だったと思っているのだ。クロエとマティアスは一夜を共にし、そのあとで「自分たちは兄妹かもしれない」と思い当たる。このマティアスといい、クロエといい、いい年になって今さら親の不倫がどうだ、こうだ、あげつらって誰かトクするのか。いちばん先にバカらしくなったのはマティルドで「あなたとマティウスの不幸の原因はわたしなの!」と開き直る。「どうすればよかったの。過ちはわかっていたわ。あの人を愛しながら家庭も保とうとしたのが間違っていたのよね。賢いクロエに訊くわ。どうすればよかったの?」「マティアスとわたしは兄妹なの?」「わからない。調べたこともない。知っても何も変わらないわ。パパはあなたを愛していた」「違うわ。あなたのおかげでパパから憎まれたわ。父親の愛なんか感じたことなかった。ゆうべ、わたしが誰と寝たと思うの。マティアスよ」マティルドは眉も動かさない。「そんなことで世界は終わらない。あなたたちが慰めあってどこが悪いの。寂しさに耐える必要はないわ」「やさしいのね。倫理に背くけれど」「どうせその年では子供はできないわ」▼クロエもマティアスもマティルドに粉砕される。彼らは過去ばかり見ている。マティルドの残りの人生は短いが、少なくとも過去に縛られ、足をとられてはいない。自分で英語の教室を持ちフランス人に英語を教え、静かに暮らしているが、娘が「あなたの面倒を見て支えてきたわ」といえば「わたしが頼んだ?」とくる。杖を使い、階段の上り下りは手すりを伝うが、紅茶の淹れ方はうるさい。マティアスの母が自殺したと聞き、ショックを受けるが、生きているものが急いで死ぬことはない、多分そう思っているだろう。遺伝子検査でマティアスとクロエは兄妹でないことがわかった。マティアスは家を売却せず、マティルドとクロエと一緒に暮らすことにした。結局いちばんいい目をしたのは彼ではないか。一文無しの無職男から、広い風雅な家付きのクロエと、愛し合うという幸運に巡り合った。父の最高の遺産と言わず何という。マティルドは慌てず騒がず、天寿を全うするだろう。最初、ギョロ目とシワだらけのマギー・スミスが、ドラマの進行につれ、表情が引き締まり、眼光炯炯と発し、一撃でクロエを退けるあたり、現実に浸り現実に身を任せながら、現実にスポイルされない、聡明な女を思い知らせている。ラストの引用はサミュエル・ベケットだ。願わくばこう言える愛にめぐりあいたいと、思わぬ人はいるだろうか。「あなたに愛されないならだれの愛もいらない」

If you don’t love me,

I shall not be loved.

 

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