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特集「ベストコレクション」

2016年9月14日

特集「天高く初秋のベストコレクション」⑭ 
家の鍵 (2006年 社会派映画)

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監督 ジャンニ・アメリオ

出演 キム・ロッシ・スチュアート/シャーロット・ランプリング

 

シネマ365日 No.1874

逃げ出さなかった父 

特集「天高く初秋のベストコレクション」

泣かせるわ。父と15歳の息子が15年の空白ののち、絆を取り戻し、心を通わせ合う。息子パオロは重度の障害を持って生まれてきた子だ。若き父ジャンニ(キム・ロッシ・スチュアート)は、息子が実父と会うことでよい結果を期待できるといわれ、ミュンヘンからベルリンのリハビリ施設にパオロを送り届ける…それはいいのですけどね、この映画、感動はさせられながらも、どことなく喉に小骨が刺さっている感じなのよ。ジャンニは妻がお産で死んだとわかった途端、病院を出てそれきり息子を置き去りにしたというのだ。愛する妻は19歳だったというから、まだ少女の面影の残る、かわいい妻だったに違いない。そんな妻が産み落とした子を見捨てるか? それにね。男がミュンヘンからベルリンの病院に息子を連れてきた、ベルリンの病院で二、三日検査とリハビリに付き添った、息子としみじみ話したら愛情があふれ、過去は帳消しに、施設に預けるのはやめ、再婚した自分の家庭に引き取って一緒に暮らすことにした…いいたくないけど、そのくらいのことで、ここまで持ち上げてもらえるなんて、ホント、男ってトクね▼女がこれと同じこと、しようとしたらどれだけトラブルを抱えねばならないか。まず旦那(姑がいるならなおさら)への遠慮、障害があることから予想される家事、その他労力の時間的・経済的負担、諸々の事情が一気にかぶさってくる。おまけに世間では介護一式は女がやって当然とみなしている。昨日まで名前も知らなかった息子を、今日から引き取って一緒に暮らそうと一存でいえるのは、男の立場だからだ。家に帰っても妻に「すまんな、ちょっと頼むわ」で協力を要請できる。家庭内政治力学からいえば絶対有利である。嫁にしたら(お父さん、あなたの息子なのだから、あなたがいっさい、面倒見てくれるのでしょうね)と喉まで出かかっているだろう▼ジャンニは、リハビリが厳しくて、息を切らす息子が不憫で思わず割って入って小さな体を抱きしめる。重度の障害の娘の母親、ニコール(シャーロット・ランプリング)が、ジャンニに「先生が怒っていたって聞いたわ。子供たちにとって問題なのは、子供ではなく親だと」。その通りなのに、ジャンニは憤然と「彼に必要なのは歩行訓練ではないと伝えてください」と、口を尖らせてニコールにいうのだ。だれの子供なのよ。あなたの言い分を伝えに走らなくちゃいけない義理でもあんのかよ。このシーンで思わずそういいたくなったの、わたしだけ? 放っておけばとんでもない方向へ脱線したわよ、この映画。それを救っているのがニコールね。彼女の娘が障害を持って生まれて20年。母親はつききりである。病院で初めてジャンニを見かけたとき、ニコールはこう話しかける。「男の人は珍しいわ。ここでやることは、母親にあてがわれた汚れ仕事ですもの。男は何かと口実を見つけては逃げてしまう。夫は怖がって娘に近づかなかったし、触れなかったの。傷つけるのが怖いといって」▼しかしまあ、ジャンニがまごつきながら頑張るのは事実だ。手も脚も不自由なパオロに薬を飲ませる、体を拭く、着替えさせ、トイレにいくとパンツを下ろす。24時間目が離せない。パオロもジャンニにうちとけ、ノルウェーのガールフレンドの話をしたり、「これ家の鍵だよ」と鍵をジャンニに見せたりする。自分は専用の家の鍵を持ち、ちゃんと一人で出入りできるのだ、多分そういいたいのだろう。鍵は彼の自立を示すのだ。ニコールからしたらパオロもジャンニもまだ恵まれている。不自由ではあっても歩けるし喋れる。充分な介護とリハビリも受けられる。「不合理かもしれないけど、彼は病気に守られているわ。彼のそばにいたいなら苦しさを覚悟することね」「なぜそう穏やかでおれるのです」「時とともに学んだの。いつも日常の些細なことばかりを考えるようにしたわ。娘にパジャマを買おうとか、歯磨き粉がなくなりそうだとか、クッキーを牛乳に浸そうかとか、表面的なくらいのほうが、なんとか生きていける。娘が苦しんでいるのに、他の元気な子たちを見て、妬ましいと思う自分を恥じはしない。20年以上、娘のことばかり考えているわ。体を洗ってやるとき、撫でてやるとき、娘が絶望の眼差しでわたしを見ることがある。心の中で思うの。死んでくれればと…」▼この母親に比べたら、パオロが反抗的でいうことを聞かない、それを叱った自分が情けなくなって泣く、そのあたりで悩んでいるジャンニなんて、それこそ「苦しさを覚悟」しなさいよ。現実の重すぎるところはみな、シャーロット・ランプリングが持っている。最後のセリフをいってからかなりの間、ランプリングは語らず音も入らない。ランプリングは表情を変えない。変えないけれどひしひしと、痛いほど伝わるものがある。これと同じ、高難度離れ業の演技を「キャロル」のラストシーンで、ケイト・ブランシェットがやりましたね。

 

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