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特集 LGBTー映画にみるゲイ

2016年10月2日

特集 LGBTー映画にみるゲイ193
アクトレス 女たちの舞台(下)(2015年 ゲイ映画)

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監督 オリヴィエ・アサイヤス

出演 ジュリエット・ビノシュ/クリステン・スチュアート/クロエ・グレース・モリッツ

 

シネマ365日 No.1892

それがアクトレス 

特集 LGBTー映画にみるゲイ

ジョアンナ(クロエ・グレース・モリッツ)が、マリア(ジュリエット・ビノシュ)に会いたいといってきた。食事の席でジョアンナはマリアがいたから自分は女優になった、あなたは一生の目標であると激賞したものだから、マリアは帰宅しても機嫌がいい。ヴァレンティン(クリステン・スチュアート)は「お世辞を言いまくられてその気になったのね」と薄笑いする。ジョアンナのこと、検索で調べたかと訊ね「した」とマリアは答えるが、この有能な秘書は詰めがきつい。「やり方が足りないわ。彼女は酒乱で浮気性、男に別れを告げられ、銃を持って押しかけ、撃ちまくる寸前、数人が取り押さえた。リハビリ施設に入り今はまとも」「古典を学び、演劇的な素養があるのはウソ?」「本当よ。急に売れ出していかれてしまったのね。ハリウッドのゴミ映画に慣れてしまったのよ。Aクラスの女優なのにZ級願望があると思われている」「あなた、彼女を好きでしょ」「とても。ハリウッドの女優にしては減菌されてないから」「自滅的でいかれているといったわね」「彼女は自分を偽らない。若いのにカッコいい」「どこが?」「輝く未来がある」「わたしは型にはまりすぎている? つまらない?」「いいふらしたいの? 同情を誘えば批判が収まるとでも? わたしの経験でも現実はその逆よ」ヴァレンティンは実に素晴らしい秘書です▼ヴァレンティンとマリアの会話は、マリアが演じるヘレナに及び白熱します。本作の見どころは単に盛りを過ぎた女優の葛藤劇ではなく、女であるとか、人間であるとか、自分自身のアイデンティティをいかにまとめ上げていくか、それを仕事の上でいかに武器にしていくか、その先鋭的な意識がこの映画をとんがらせています。もちろんジュリエット・ビノシュとクリステン・スチュアートという女優ふたりの存在があって成り立った映画です。ふたりが本読みの練習をしているシーン。マリア「ヘレナは敗北したの。年齢や不安感から小娘のいいなりになったの」。ヴェレンティン「それだけじゃない。不眠の原因はそれだけじゃない。欲望よ。わたしに対しての。採用のとき気づいて適当にあしらってきたわ。楽しんだの」。このあたり、劇と現実が交錯するような錯覚を与えます。マリアがヘレナにのめり込めないのは「ヘレナに軽蔑しか感じない。わたしはシグリットでいたいの」「シグリットは20歳よ」ヴァレンティンは平気で冷水をかける▼マリアはヴァレンティンを連れて敵情視察、ジョアンナの映画を見に行く。3Dだ。見たあと話題が盛り上がる。「彼女すごくない? 最高だと思うけど」とヴァレンティン。「くだらない」とマリア。「宇宙服を着ているから? 舞台が工場か農園だったら絶賛するはずよ」「頭からっぽな子が派手な宇宙服を着て、バカなセリフをいっているのよ」「わたしは大好きよ。深刻な映画だけが真実を描いているわけじゃない。彼女は心の暗部を演じた、大胆で勇敢だと思うわ」「どこが勇敢だか」「スーパーパワーを持ち、よくある設定だけど、それが悪いわけじゃない。彼女を待つのは破滅でもそれが彼女の望みでもあるの」。マリアはケラケラ笑い「マンガみたいなキャラをわたしは軽蔑するけど、ジョアンナは違うの? だから彼女のほうが優秀?」「嫉妬はやめて。見苦しい」「曖昧な役柄でも彼女は飛び込むけど、わたしはそうしない。だから賞賛するのね」「今夜のような映画で彼女を見ていると、身近に感じるのよ」「わたしの演技はどこが悪い? あなたに賞賛されるには、わたしは頭で考えすぎ? 古すぎる? 彼女みたいに自由じゃない? ちゃんと答えて」「あなたは人間として完成され、女優としても円熟している。なのにどうして若さの特権にしがみつくの」「若さを望まなければ老人扱いもされないわけ?」「うまい言い方よ」ヴァレンティンはマリアの頬を撫で「おやすみ」「待って。ボーイフレンドに会いに行ったのでしょ。その話がまだよ」「あんな奴、どうでもいい」さっさと部屋に戻るヴァレンティンに、マリアはどこかホッとしている▼ふたりで脚本の読み合わせを続ける。マリアが「ね、馬鹿げていると思わない。嘘っぽいセリフなのよ。真実味がないわ」ヴァレンティン「人間は感情で盲目になるのよ」「愚かに見えるわ」「演劇なのよ、マリア。人生をどう解釈し表現するか、シグリットは、ヘレナの内なる欲望を明確な言葉で表すの」「ふたりをちゃんと理解しないと演じられないわ」。いくらアドバイスしても抵抗を示すマリアに「わたしの考えが単純すぎるならクビにして」とヴァレンティン。「わたしの解釈が面白くないならわたしの役目はないわ。あなたが作品やヘレナが嫌いでも、わたしに当たらないで。わたしは仕事しているだけよ」▼マリアはどうしても女ふたりの複雑な、抜き差しならぬ愛憎関係がつかみきれない。「この作品は男の空想よ」と言い出す。「いいえ、違う」ヴァレンティンは強く否定。「マリア、無垢な心を取り戻せば?」「再び無垢にはなれないわ」「なれるわ。ヘレナを受け入れればいいのよ。当然、強さは弱さより好ましい。若さは成熟より美しい。冷酷さはクール。苦しみは醜い。でもヘレナは、成熟していて当然の年齢でこそあるけれど、心は無垢よ。彼女なりにね。だからわたしは好きなの。答えて。わたしの解釈はあなたを混乱させるだけ? それが悔しいし、気まずく感じるの。居づらいのよ」「わたしの元に残って」「無理よ」「残ってちょうだい。あなたが必要よ」マリアはヴァレンティンを抱きしめる。和解はできたと思えた。ふたりは脚本を読みながらスイスの山道を歩く。ヴァレンティンが言う。「ヘレナの死を一晩考えたの。ねえ、原作は死んだとは書いていないのよ。姿を消しただけよ。曖昧な書き方なの。ハイキングに行き、戻らない。答えはひとつ、別の場所で再出発しているかも。あなたは20歳のとき、シグリットの野心と暴力性を感じたでしょ。この脚本は物体のようなものよ。読者の立場によって見方が変わるのよ」「どうかしら」マリアは気のない返事。ヴァレンティンは「蛇を見なくちゃ」。蛇とはこの山岳地方だけに見られる「マローナの蛇」と呼ばれる気流のような雲のこと。白い霧のような雲が、山腹を滑り、谷まで降り、走るように流れ去る。地元の人でも滅多に見られない光景だ。楽しみにしていたヴァレンティンにマリアは冷たくいう「蛇なんかいない」。自分を無視したあしらいに、ヴァレンティンは今度こそ切れてしまう。「むかつく。もう、うんざり!」やがて「蛇」は太い胴体をくねらし、山肌を縫いうねりながら峰を伝っていく。壮大な光景にマリアは見とれ、ヴァレンティンを呼ぶが返事がない。「ヴァル! 返事をして、ヴァル」どこからも返事はない…▼6ヶ月後。「マローナの蛇」ロンドン公演初日を迎えた。マリアには新しい秘書がいるが、影の形に沿うごとく、そばにいたヴァレンティンはいない。舞台稽古のときマリアはジョアンナに、ちょっとしたアドバイスをした。「ここで間をおけばヘレナの存在感がもっと出ると思うの」。マリアの返事はこうだ。「燃えカスに存在感はいらないわ。あなたのことじゃなく、役のうえのことよ」まるでアッパーカットだが、マリアは耐える。そして幕あき。ヴァレンティンは見てくれているだろうか。自分が演じるヘレナを、自分が新しく創り上げたヘレナを。アクトレスとは常にどんなときも「別の場所」に姿を現し「再出発する」存在、あたかも「マローナの蛇」のごとく。それこそが、ヘレナをいま演じるべきあなたなのだと、ヴァレンティンはいってくれていたのだ…。マリアは静かに幕の上がるのを待っている。

 

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