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特集 LGBTー映画にみるゲイ

2016年10月14日

特集 LGBTー映画にみるゲイ205
ドレッサー(1984年 ゲイ映画)

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監督 ピーター・イェーツ

出演 アルバート・フィニー/トム・コートネイ/エドワード・フォックス

 

シネマ365日 No.1904

虫ケラでも自分を棄てていない 

特集「LGBT—映画に見るゲイ」

アルバート・フィニー、トム・コートネイ、監督ピーター・イェーツと聞けば、イギリス映画の底流に蠢めく、黒い妖しい気配が立ち上ってこないだろうか。特にトム・コートネイという人。ゾクゾクという言葉では言い表せない、異様に粘液質ないやらしいものを、これほど期待させる役者はいない。「ドクトル・ジバゴ」以来の彼のファンとしては、あの痩せた体躯と細長い顔、陰気な目つきで人を愚弄する喋り方にスクリーンでお目にかかると、十年の知己に再開したような錯覚を覚える(笑)。本作で、彼は劇団の団長、サー(アルバート・フィニー)の衣装係兼付き人である。彼はズボンのポケットにいつもブランディーの小瓶を忍ばせ、小指を立ててクイッとやるオネエだ。腰をくねらせ、買い物に行けば男たちから「なんだい、お嬢さん」とからかわれる▼サーは偉大なシェイクスピア役者だ。空襲で劇場が焼け、焼け出された市民は芝居を見るゆとりなどない。サーはチケットを持って焼け跡に行き、茫然自失して路傍に腰掛けている人たちに「芝居はどうですか。切符があります。芝居を見たら少しは気が晴れますよ」と声をかける。しかしさすがのサーも、目の前で劇団の本拠地の劇場が焼け落ちたときは、錯乱に陥って病院に担ぎ込まれた。サーは劇団の帝王として君臨してきた。しかし寄る年波と体力の衰えに、気が弱くなってもいた。その夜の出し物は「リア王」だ。舞台監督のマッジは上演中止を決めた。ノーマンは抵抗する。サーはやる、大丈夫だ、きっと舞台に出る、やみくもにそう言い張り、甲斐甲斐しく手当するのだ。彼は16年、サーに仕えてきた。サーが楽屋に戻れば衣装を脱がし、風呂に入れば背中を流し、痒いところに手が届くようように世話し、サーが不機嫌なものなら「使用人に膨れっ面を見せたいの? 僕がやります、そのためにいるのです」そしてすぐ「友だち」を引き合いに出す▼「お疲れですか。僕の友だちは、疲れたときは仕事で回復させるのです。今夜は満員札止めですよ。立ち見席が出ています。さあお仕度を。あなたは言ったじゃないですか。客がたとえ3人でも、笑うべきところで笑わなくても、わかる客がひとりいる。その客を大切にしろ」しかし偉大なサーは開演時間が刻々と迫るのに呆けたままだ。開場と共に観客は席に詰めかけた。マッジがいよいよ幕を上げねばならないとき、楽屋でノーマンは腰を抜かしかけていた。サーはドーランで顔を真っ黒にし、リア王でなくオセロのメークをしているのだ。すでに舞台に出ていたオクセンビー(エドワード・フォックス)は、普段はサーと反目だが、ただならぬ空気を察知し、巧みなアドリブで時間を稼いでいた…とにもかくにもサーは舞台を演じ終えた。そして息を引き取る。さて、ここからが最高である。サーは傑出した演劇人だったかもしれないが、振る舞いは傲岸で人を人と思わず、ノーマンに対しては傍若無人、そのくせ「ノーマン、わたしから離れるな」と命じ、舌の根も乾かぬうちに「身のほどもわきまえず、でしゃばるな」と罵る。劇団を一人で背負っていると悲壮がり、衰える体力や記憶力に自信をなくし、繰り言ばかりいう老いぼれと成り果てた過去の名優、それをアルバート・フィニーがゾッとするような哀れさと愚かさと、憎々しさで演じます▼泣き言を並べ二言目には疲れたというサーに、ノーマンは言い返す。「あなたの口癖ですよ。自己憐憫ほど情けないものはない、どこまでも執拗に戦って生き抜くのだと。世界中が戦っている。あなたも戦いなさい。劇場には素晴らしい美があります。孤独でもありません。傷つきやすいのは僕の性格だとしても、でも、自分なりに生きがいを求めています。たとえ虫ケラでも自分を捨てていない!」いいぞ、トム、そこだ、歌舞伎だったら「大向こう」が飛ぶぞ。サーが書いていた自伝の献辞が読まれた。劇団の共演者たちに、舞台を支えてくれた大道具・小道具・照明係に、ズラズラと謝辞が読み上げられ、「最後にシェイクスピアに」。ノーマンの顔色が変わった。「僕はどうなる、僕には一言もないのか、どうすればいい、今さらよそでは生きていけない、あのクソ野郎。食事にさえただの一度も誘われなかった、いつでも彼の後ろに追いやられていた、酒一杯おごらないやつだった、頭にあるのは自分のことだけ、僕はバカだった。マッジ、あなたも一緒にされたのよ、一言の感謝もなかったじゃないの」▼マッジはサーと20年をともに過ごした。愛人であり最大の理解者だった。マッジとノーマン、一生のいちばんいいときを彼に捧げた男と女に、サーは一言の「ありがとう」も残さなかった。この受け取め方は人によって違うと思う。マッジは気づいていたのではないか。彼にとって自分もノーマンも、言葉で表せる存在ではなかった、言葉からはみ出るものがあまりにも大きく、いい足りるものではなかった。ノーマンも冷静になれば気づくだろう、人は言葉の無力を思い知るときがあってもいいのだと。もしかしたら、それがサーの感謝を伝えるたったひとつの方法だったのかもしれないではないか。マッジを演じたのはアイリーン・アトキンズ。イギリス映画の奇跡と密かに呼ぶ3人の女優がいます。ジュディ・デンチ、マギー・スミス、そしてアイリーン・アトキンズ、揃って1934年生まれ、2016年現在、81歳。なお新作に出演するものすごい人たちです。

 

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