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特集「ベストコレクション」

2016年11月1日

特集「凍れる月のベストコレクション」①
ハドソン川の奇跡(2016年 事実に基づく映画)

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監督 クリント・イーストウッド

出演 トム・ハンクス/アーロン・エッカート

 

シネマ365日 No.1922

運命の「35秒」 

凍れる月のベストコレクション

クリント・イーストウッドはいつ頃から「事実に基づく物語」を映画にし始めたのだろう。「父親たちの星条旗」「硫黄島からの手紙」「チェンジリング」「グラン・トリノ」「インビクタス/負けざる者たち」「J・エドガー」「ジャージー・ボーイズ」「アメリカン・スナイパー」。調べたらもっとあるかもしれない。彼の60代からの監督作品は、もっぱら事実に即した映画を送り出している。それが不思議だった。いい原作があって、クリントが手をつけた、という映画、例えば「マディソン郡の橋」「ミリオンダラー・ベイビー」「ミスティック・リバー」「インビクタス」などを含めたら、彼はほとんど「書き下ろし」という形を映画にしていない。何か元になるものがあって、それを映画にする。もちろん厳密なオリジナルなど存在しないし、クリエイトとは想像力のたまものだ。元が小説だろうとドキュメントだろうと、事件だろうと伝記だろうと構わない。不思議なのは、クリントがその作り方をとても面白がっていることなのだ。こういう言い方はたぶん間違っているとは思うが、「絵空ごとの小説なんてバカらしくて書けない、書くなら歴史小説だ」といって(いわなくても)、どんどん史実を基に晩年の傑作を生み出した森鴎外に似ている。そこで独断であることは承知でこういう結論に達しました。「クリントは考証することが面白いのだ。事実の皮を一枚一枚めくっていく過程で現れてくるものが、姿を現わすものが面白いのだ」。歴史といい、ドキュメントといい、少なくとも事実に基づく作品化で、絶対にしてはいけないことがあります。話を面白くしようとして、ストーリーを捻じ曲げることです。事実に基づく物語とは、事実が面白いのではなく、事実が教える人間の正体が面白のだ▼勝手な前置きが長くなったけれど、クリントのそういう基本姿勢を掴んでおかないと、彼が執拗に安楽死やら大統領やら、誘拐虐殺事件やら、飛行機事故やらを追いかける興味の根源がわからなくなる。ではこの映画ではクリントが考証を重ね、何が書きたかったのか、「どやっ」と突きつけたかったのは何か。もちろんこれ「35秒」だ。たった一つのこの「お宝」を暴くために、彼は本物のエアバス1機を購入し、最後の最後、公聴会で初めてネタバレさせるという、狡猾といって悪ければ巧妙な作劇で、ドキュメントの衣装をまとったミステリーに仕立て上げた。どこまで奸智に長けているのでしょう(笑)▼コンピューターが弾き出す、シミュレーションの壁が破れない。どうしても機長(トム・ハンクス)の判断は誤りだった、あんな大騒動して、飛行機1機潰さなくても、もっと損失の少ない緊急着陸はできたはず、というのが飛行機会社と保険会社の本音だろう。乗客を危険にさらしたというが、素人が考えても後出しジャンケンみたいな理屈なのだが、「乗客の生命を危険にさらした」という大義名分がある以上、(機長の判断ミスのせいにしたら保険金の支払いは安く済むのか?)とは大声で言い難い。機長は副機長(アーロン・エッカート)と操縦にミスはなく(エンジンが火を噴いた原因は鳥)、判断もハドソン川着水以外、乗客を助ける方法はなかったと確信している。ならば、なぜコンピューターは「空港に戻れた。着水する必要はなかった」と繰り返すのか。考え抜いた機長は「タイミングだ」と思い当たる。自分たち人間のやったことと、コンピューターのはじき出したタイミングにズレがあるのだ。機長も副機長も、ハドソン川着水を判断するまで、数秒間、事実確認し、現に機長は離陸したばかりの空港に戻る、と管制塔に答えたのである。でもそうはしなかった。なぜか。彼は「40年の経験からハドソン川に着水する以外、方法はないと判断したからです」と答えたが、その「経験」を立証する方法はあるのか▼公聴会で、シミュレーションの映像は無情にも機長の判断を誤りとする。機長は最後に意見を述べた。シミュレーションではエンジンが停止して直後に着水の措置を取ったことになっている、事実は違う、着水を決定した判断まで、数秒の時間のズレがある。コンピューターはそのタイミングの差を計算に入れていない。両翼のエンジン停止後、では35秒の差で着水を決定したとしよう、公聴会はシミュレーションをしなおした。上がってきたふた通りの映像はどちらも「障害物あり。(飛行場への)着陸不能」だった。ニューヨークの摩天楼の間を縫って着水するのですからね、障害物も大アリでしょうよ▼ハドソン川に浮かんだ飛行機の主翼に避難して救出を待つ写真が世界に報道された。クリントはわずか25分で救出を完了した、水上警備隊、消防隊、救急措置、警察、ニューヨーク一丸となった救出劇を丹念に叙事した。そらそうね、あまりに有名になった事件だし、報道写真にニュース映画という、ドキュメントの本命がしっかり記録されているから、手抜きはできない、あらゆるシーンで小道具、大道具、ロケーション、本物のエアバスの使用、全てをきっちりキメ細かく抑えたのね。「35秒」が機長の判断は正しかったと証明した。映画の抑制が効いている分、例によって観客は胸の中で叫ぶ「えらいぞ、やったぞ!」まったく、結局はクリントにしてやられちゃったのよ、わたしたち。

 

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