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特集「ベストコレクション」

2016年11月6日

特集「凍れる月のベストコレクション」⑥
ウォーリアー(2015年 家族映画)

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監督 ギャヴィン・オコナー

出演 トム・ハーディ/ジョエル・エドガートン/ニック・ノルティ

 

シネマ365日 No.1927

現実の家族

凍れる月のベストコレクション

シャーレに載せた、家族という大きな臓器を腑分けしていくと「おや、ここに憎しみが、こっちには妬みが、裏切りが飛び火してこんなところに、恐怖もあった」とばかり、大小合わせ数え切れない負の核が見つかるのではないか。憎しみやら恨みやら嫉妬やら、それら個々のファクターを、家族を構成するそれぞれの人間が持っている。血の濃いぶん感情も濃くなる。直結した親子兄弟姉妹となれば、他人では判断のつかない関係性の迷路が張り巡らされるものだ。これは実際に家族間の抗争を味わったものでないとわからないだろう。「出て行け」とか「ただではおかない」とか「殺してやる」とかいう殺伐とした言葉は、現実には他人により家族に向かって発することのほうが多いのではないかとわたしは思っている。他人になら押し殺して我慢することも、家族になら噴火する。他人にならあっさり無視できることが身内にはできない。できないと思うのです。自分の陰画が相手の顔に張り付いているから、顔を背けることもできないしね▼この映画は父と息子二人の相克です。弟のトミー(トム・ハーディー)が、14年ぶりに父パディ(ニック・ノルティ)の元に帰ってきた。DVの父親から母親と二人で逃げ、極貧の中で母親は死んだ。弟はいう。「暖房もなく、咳をする母親の背中をさすり、神に祈るしかできることがなかった。俺は一人で母を埋葬した」。父親は過去を後悔し、酒を断ちアルコール依存症を克服したと息子にいう。息子は耳も貸さない。そんなことなど、どうでもいい。賞金5000万ドル(5億円)の総合格闘技大会「スパルタ」で優勝するため、元ボクサーだった親父のコーチを受けるためだけに戻ったのだ。母親の死後、彼は海兵隊に入り戦車隊に配属された。空爆の誤射で友だちを失い、海兵隊をやめた。友人の妻にわたしたい金のために5000万ドルが欲しかった▼兄のブレンダンは父と残った。父はファイターとして才能のあるトミーにかかりきりだった。トミーが母親と家を出て行ったとき、これで父を独占できると思った。やがて彼女を見つけ結婚し、娘に恵まれ高校の物理の教師として順風満帆の日を送っている。どっちみち親父は一人になったのである。彼の愛読書は「白鯨」だ。彼はエイハブに、白鯨に、自分を投影する。思うままに海を泳ぐ化け物のようなクジラに、ふと嫉妬と羨望を感じる。ウジウジと白鯨を追うエイハブは、家族から取り残された自分の妄執のようにも思える。兄は娘の難病のため金が要った。草試合をして稼いでいたが学校にバレ、半年間の休職。その間、給料は入ってこない。銀行からの借り入れは査定限度額を超え、このままでは家をとられる。彼にとって家は人生の拠点だ。父親が何をしてくれた、弟は逃げ出した男だ、自分の人生はこの家の中にある、だから家をとられるのは彼の人生を根こそぎ奪われることに等しい。守り抜くのだ。金を稼ぐのだ。スパルタにでも何にでも出てやる。どっちも一匹狼です。守るべき者のいる狼と、守るべき者を捨てた狼の違いです▼兄は「自分と母を捨てた」と責める弟にいう「俺を許さないのに親父は許すのか。お前は親父のもとに戻ったじゃないか」「あいつはただのトレーナーだ。兄貴は俺たちと一緒に逃げなかった。俺たちを見捨てたのだ」「俺は親父を許した、お前も許した。お前はおふくろの病気のことも知らせなかったじゃないか」「妻の写真を持ち歩いて俺を許すだと? 勝手に言ってろ」。まあ兄弟ゲンカの最たるものですね。どっちも何を言っているのかしまいに自分でもわからなくなる。感情の激発だけで攻め合います。リングに上がった男ふたりの戦いは、優れたスポーツ映画のたび、思わざるをえないのですが、肉体のぶつかる音と音、コブシの衝撃音、鈍く腹に響くパンチ、擦れる顔の皮膚と皮膚の摩擦、ステップを踏む足の滑り、蛇が棲むかのごとく動く脇腹の筋肉、額越しに放つ視線。充分に仕上げたトム・ハーディとジョエル・エドガートンの肉体が言葉を駆逐する。息子ふたりの激突に親父は泣きわめく。「愛していたんだ、どっちも愛していたんだ。船を止めてくれ、船長、船を止めてください、もう終わった、終わったんだ、もう元に戻れない。船を止めるんだ」親父は親父で白鯨から「降りる」のです。断った酒を飲み始めている。これじゃ再び親子兄弟断絶か。それを救うのが兄貴の一言です、肩の関節を外された弟がそれでも、右腕一本で試合を続けようとする。蹴りを一本入れられたら最後である。「やめろ、やめるんだ、トミー」兄は叫ぶが弟はもはや憎しみの化身となっている。兄は弟をマットに倒し、必殺関節技をかけ、止めをさす寸前に叫ぶ「愛しているんだ、愛しているんだ」。弟はやっと納得したかのように、ピタピタと兄の肩を軽く叩く、降参である。絆の復活を予感させて映画は終わります。親父も元気になるでしょう。シャーレに載せた臓器をもう一度見てみよう。あっちにもこっちにも多少の傷はいっぱいあるにしても、その気になってだまし、だまし、努力して修復するならやっていけないことはない。それが現実にいちばん近い家族の肖像だと思える。

 

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