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特集「美しい虚無-妄想映画の魅力」

2016年12月4日

特集「美しい虚無=妄想映画の魅力4」④
グッドナイト・マミー(2016年 サスペンス映画)

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監督 ヴェロニカ・フランツ/セヴェリン・フィアラ

出演 スザンヌ・ウェスト/エリアス・シュワルツ/ルーカス・シュワルツ

 

シネマ365日 No.1955

ルーカスが見えるかい 

美しい虚無-妄想映画の魅力4

顔に包帯を巻いた母親は、きっとママ(スザンヌ・ウェスト)の偽物だ、正体を暴こうと双子の兄弟、エリアス(エリアス・シュワルツ)とルーカス(ルーカス・シュワルツ)の行為がエスカレートし、ついには全員火に包まれ焼け死ぬ。実にやりきれない映画なのですが、少年エリアスの心の傷を解明していくプロセスの詩的な映像が、残酷ものと一線を画します。ミヒャエル・ハネケ監督とよく似た、幾何学的な硬質の構図と無音のスクリーンが、無機質でマカニックなほど、贅肉を感じさせません。そういえばオーストリアの映画でしたね。はたしてママは本物か偽物か、最初は少年たちの疑問にリードされ、ミステリアスな展開です。確かにママは人が変わったらしい。双子の兄弟はやさしかったママの変貌ぶりに戸惑う。でも監督はサイケな世界はどっちの心にあるかを、短く、でも疑いようのない正確なセリフで誘導します▼ママが話しかけるのはエリアスだけ。ルーカスが話すときはまずエリアスに告げ、エリアスがルーカスの言葉を代弁する。ママは焦燥が募り「これ以上、フリを続けられない、現実と向き合うべきだわ」と友人か誰かに電話で訴える。耳を澄ましているエリアスは「僕たちを引き離す気だ」とルーカスに耳打ちする。ママはストレスが募り、暗い森に入って行って、自分が全裸になる幻想を見る。「ルーカスに話しかけないと約束しなさい。本気で怒るわよ」とエリアスに叱るが、ルーカスはママの前にひとつも姿を見せないのだ。少年たちが拾ってきた猫は水に浸かって死んでしまった。ママが殺したのだと二人は決めてしまう。でもなぜ猫が水に? 少年たちは教会に行き、牧師に助けを求め、警察に行ってママの挙動不審を訴える。警察は本気にせず家を訪問し、ママに何があったのか事情を訊く。ママが「悲劇があったのです。事故でした」とだけ言った▼少年たちがマスクをかぶり、ベッドにいるママを見おろす構図は、「フェア・ゲーム」を思い出させる。狂人ふたりの若者に襲撃され、あっけなく殺される夫婦と幼い息子と犬だった。本作もその轍か。一瞬そう思うが、話の主流はそこから逸れていく。子供とゲームをしながらママが実はテレビの人気司会者で、事故で顔に大怪我をおったせいで仕事から離れているのがわかる。少年たちは「ママはどこ」「わたしがママよ」「ちがう」そしてアルバムにあった女性ふたりが写っている写真をママに見せ、「この人は誰。この人と入れ替わったのだろう」「友だちよ。ふたりでお揃いの服を着ただけよ」ママが何をどう言っても子供たちは信じない。ベッドにママを縛り付け、唇に接着剤を塗る。食事はストローで、唇の一箇所に開けた穴から飲ませるのだが、口を切ってしまい噴き出した血で、ママの顔は血まみれになる。ママはエリアスにこんなことをいう。「辛いだろうけど、一緒に乗り切りましょう、エリアス。エリアスは死んだのよ。事故だったの、あなたのせいじゃないの!」▼エリアスはルーカスの死を認められず、生きているものとして振舞い、ママも最初はかわいそうなあまり、一緒にフリをして、食事も二人分、着替えも二人分、なんでも二人セットで扱っていたけど、自分も顔に重傷を負い、精神的な負担が大きすぎる、もうエリアスの幻想の世界から現実に戻らねば。でもエリアスはそれができない。ママは別人になった、という仮想敵をこしらえ、あくまで自分の幻想のルーカスとともに生きているのだ。自分のせいで分身のルーカスが死んだ、そのダメージから立ち直れないエリアスの繊細な感性が痛々しい。エリアスはベッドを汚し、瀕死の状態に陥ったママを眺めながら、ルーカスに「こいつのいうことを信じるのか」「嘘ついている」「本物のママか証明させよう」そしてママに「ルーカスは何をしている?」「わたしには見えないわ」「本物のママならルーカスが見えるはずだ」。少年の狂気はとうとう一線を超えてしまう。部屋中にオイルをまき、火をつける。身動きできないママが助かるはずがない。エリアスはどうするのか。ラストは森から歩いてくる美しいママが、やさしくルーカスとエリアスと抱き合うところを見ると、3人ともあの世で幸せになったと見るべきでしょう。▼ゴキブリをママの口に入れたり、虫眼鏡で太陽光線を集め、ママの皮膚にやけどさせたり、子供のすることであり、「007」みたいな大仕掛けではありませんが、拷問は拷問です。子供のすることでは済まない。映画はどっちかというとエリアスの悲劇という視点に立っていますが、息子を失った母親もまた深い悲しみを抱えていたはずです。イライラやストレスで子供に接している整形した母の面が強調され、息子の一人を事故で、生き残ったもう一人の息子は「ママならルーカスが見えるはずだ」というほど正気を失っている、母親としてこんな辛いことはないはずだ。母親の切なさへの、踏み込みの浅いのが残念だった。

 

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