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特集「美しい虚無-妄想映画の魅力」

2016年12月12日

特集「美しい虚無=妄想映画の魅力4」⑫
若草の萌えるころ(1968年 青春映画)

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監督 ロベール・アンリコ

出演 ジョアンナ・シムカス

シネマ365日 No.1963

青春のジョアンナ・シムカス 

美しい虚無=妄想映画の魅力4

「若草の萌えるころ」という妙な邦題のために、この映画の美しいラストシーンは意味が弱まってしまった。それは原題の「ジタ叔母さん」が示す通り、やさしかった伯母さんを思い出す、少女の美しい回想なのだ。回想、郷愁となるとこの人、ロベール・アンリコの詩情に勝る監督は何人いるだろう。闘病の末、2001年69歳で没した。監督作品は12本だ。数こそ少ないが、彼の映画の中身の濃いことは、だれしも認めるに違いない。彼の映画を通底するのは記憶であり、過去であり、回想であり、憧憬だった。アンリコの視線はいつも水平線の向こうを見る少年のような眼差しがあった。例えば「冒険者たち」。これは青春の散華ともいうべき60年代の佳品だった。アラン・ドロンの代表作を1本だけあげるなら、迷いつつも、きっとこの映画にするだろう。アラン・ドロンという、華やかにして隠微な、犯罪体質でだけ語られがちなこの俳優を、見たままの素朴な形象「美しい青年」として捉えたのは、アンリコとルキノ・ヴィスコンティだったような気がする▼「若草の萌えるころ」は、アンリコのまだ活発な体力を示すような、60年代の小品である。小品だけれど、いかにもアンリコらしい淡彩の彩にひとつも濁りがなくて、退屈すれすれのところで映画を引っ張っていく。エンジンはもちろん主演のジョアンナ・シムカスである。「冒険者」たちでは、当代フランスを代表する男たち二人、アラン・ドロンとリノ・バンチュラに愛されるヒロインを演じブレイクした。先ほどから盛んに「冒険者」たちを褒めているが、正直にいうなら、ジョアンナ・シムカスがあの男たちを「男」にしたのである。アンリコは彼女の透明なキャラを十分知り尽くしたうえで「若草」を撮った。今から半世紀近い以前の映画である。ハリウッド映画を見慣れた映画観からすれば、シムカス演じるアニーなど、胡乱、蒙昧、グズ、のろま、退屈、その種の女の子に違いない。考えてもほしい、一歩外に出たら街でもキャンパスでも、どこで襲われるかわからないアメリカの女の子たちにとって、いや家の中でさえ父親のレイプを恐れねばならぬ彼女らにとって、のんびり中国語の語学教室に通い、母親と二人暮し、ジタ伯母さんはピアノの先生で、自宅でレッスンしているアニーは異次元の存在であろう▼でもアンリコの視線を浴びると、何の刺激もない凡庸なアニーの日常が化学変化を起こす。そこにはどんな人間にも訪れる死の洗礼があり、自分が取り残されたことによって、寂しさのなか自立と選択の判断に向き合う、それぞれの出発がある。この映画はボールがストンとミットの真ん中に収まるような、くせのないストレートで始まる。豪速球でも変化球でもない。アニーが帰宅したら伯母さんが倒れていた。母親とかかりつけの医師に電話した、容態は重篤だった。母親と交代で付き添った。夜中に胸が締め付けられ、じっとしておれず町に出た。男たちに絡まれ、ピラデスと名付けた羊を追いかける男と出会い、行きがかり上留置されたりする。伯母さんの医師が身元保証人になって引き受けにきてくれた。医師はアニーを行きつけの酒場に連れていく。もう夜中の2時か、3時である。アニーはベース弾きの男と知り合い、彼女が子供のころ住んでいた田舎の家に一緒に行く。アニーはこの男と一夜を共にし、男が眠っているうちに部屋を出て、帰宅すると伯母さんは息を引き取っていた、それだけの映画だ▼「それだけ」とは、ジョアンナ・シムカスありき、で作られた映画だから、そういうのがいちばん適していると思う。あまりに叙情的なこの女の子が、多分恋を知り、男を愛し、家族を持ち、あるいは家族と別れ、「追想」のロミー・シュナイダーみたいに、美しいだけでなく、男の一念を秘め悲しくも散る薄幸の女性になるのかもしれない、映画の上ではね。実生活では違った。彼女はシドニー・ポワチエと恋に落ち、振り返りもせず、さっさと映画界から引退した。未練もヘチマもなかった。だからスクリーンに残る最高のジョアンナ・シムカスは、ロベール・アンリコが残したものである。「冒険者たち」のレティシアと、この「若草の萌えるころ」のアニーだ。うまいとか下手ではなく、アラン・ドロンが歌っている「レティシア」は、「冒険者たち」のメロディに歌詞をつけたものだが、「永遠のレティシア」と呼んでもいい。ジョアンナ・シムカスは同年、「夕なぎ」にも出演した。共演はエリザベス・テイラーとリチャード・バートンである。肉食獣のそばにスミレが咲いているようなものだった。

 

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