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特集「ザ・クラシックス」

2016年12月13日

特集「ザ・クラシックス5」①
青いパパイヤの香り(1994年 社会派映画)

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監督 トラン・アン・ユン

出演 トラン・ヌー・イエン・ケー/リュ・マン・サン

シネマ365日 No.1964

ピュアなる魂

Classic5

いろんな要素が組みあわさっています。ベトナム版シンデレラみたいなところもあるしね。10歳の女の子、ムイ(リュ・マン・サン)が、田舎からサイゴンの商家に奉公に来ます。女主人はやさしい、先輩奉公人も思いやりがある、ムイは早く仕事を覚えようと朝から晩まで身を粉にして働く。女主人は生地商店を営んでいる。自分で家事もする。先輩はムイに野菜の炒め方、コメの研ぎ方、買い物、掃き掃除、拭き掃除、意地悪もせず丁寧に教えてくれる。でも男たちは何もしないのだ。アジア一般の傾向とはいえ、日本の男たちはせめて仕事くらいするのでは。旦那は朝から二玄のギターの胡弓みたいな楽器を弾き、疲れたら昼寝(疲れるほど練習していないけど)、長男は、頭はよさそうだけどすぐ友だちの家に行く。二階には夫が死んで以来引きこもりになった姑がいる。驚くのは旦那である。定期的に家の金をさらえて蒸発する。何ヶ月か音信不明であるときフラリと帰ってくる。女主人は責めもせず、無事に帰ってくれたと泣いて迎えるそうだ▼ところが姑は「お前が無愛想だから息子は愛人を作るのだ。お前は夫を不幸にする悪い嫁だ」ですって。いくら時代は1950年代だからといって、この根性悪の姑に言いたい放題いわせていていいのか。家族全員見て見ぬふりである。長男は家のことに関わりたくない、三男とくると、祖母の性格が隔世遺伝したとしか思えない意地の悪いクソガキだ。ムイがせっせと拭いた廊下にバケツの水をぶちまける、庭の装飾の綺麗な壺に小便をする、洗濯物を地面に引きずり下ろす。次男は繊細だ。父と母の間の確執を感じて、母親がかわいそうでならない。姑にいびられている母を見て、壁の隅っこにしゃがみ込んで泣く。母親がそれを見て自分も涙し、母と子は並んで顔を覆う。息子がそっと手を伸ばし母親の裸足の足を撫でる。女主人はムイと同じ年の娘を亡くしていた。だからムイを可愛がる。ゆくゆくは次男の嫁にと望んでいたのに、次男は家を出てしまった。長男は音楽の道を目指して独立し、残ったのはいちばんできの悪い三男とその嫁だ。嫁は義母を、かつて祖母がいた二階に押し込め、ムイを他家の奉公に出してしまう。ムイ(トラン・ヌー・イエン・ケー)は20歳の美しい娘になっていた▼ムイの新しい家は作曲家のクェン。長男の友だちで、ちょいちょい遊びに来ていた頃からムイは胸をときめかしていたから、喜んで働く。パリ音楽院の卒業証書が額に入っている。彼は婚約し派手な女が頻繁に遊びに来る。ムイは滅私奉公である。どこにいてもムイは小さなことに幸せを見つける名人だった。コオロギを飼い、野菜の切れ端を与え、水を替え、アリの行列を眺めカエルを見て微笑んだ。クェンの家に来ても変わることはない。無心に働くムイの明るく満ち足りた振る舞いは、クェンの心を明るくし、いつの間にかクェンは楽譜の空白にムイの似顔絵を描き、それを婚約者が見つけたのだ。彼女は怒り狂い…ムイを引っ叩き、部屋中の家具を破壊して破談に至った。よかったよね、これくらいで済んで。ムイは無事男と結婚し、黄色いアオザイ(ベトナムの民族衣装)をまとい、大きなお腹をして座っている▼ムイの成長サクセス物語でもあるのね。大人になったムイが顔と首筋を洗うのだけど、ツヤツヤした長い黒髪と、照りのある肌が濡れてエロチックなこと。たった一人、二階に閉じこもった姑を7年間も追いかけているストーカーのほか、恋だの愛だの、およそ愛欲や恋情を彷彿させるシーンは皆無なのだけど、本作には妙に静的な色っぽさがあるのよね。働くのは女ばかりで男はラクして、家の金をもち逃げしても「お前が無愛想だから外に女の作るのよ」なんて言い草がまかり通る社会だったのね。これがわずか50年ばかり前なのね。そんな環境で、ムイは無手勝流を貫くのです。ひたすらやるべきことをやる、人を恨まない、クソガキに仕返ししようなど考えない、弱い生き物を可愛がり、密かに慕う彼に婚約者がいても構わない、そばで世話できるならそれが幸せ、そんなムイに神はほほ笑む。ピュアなる魂があるとすれば、本作はその一片と受け止めてよいのでは。

 

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