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特集「ザ・クラシックス」

2016年12月17日

特集「ザ・クラシックス5」⑤
愛すれど心さびしく(1969年 社会派映画)

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監督 ロバート・エリス・ミラー

出演 アラン・アーキン/ソンドラ・ロック

シネマ365日 No.1968

孤独の天使

Classic5

アラン・アーキンが34歳、ソンドラ・ロックは21歳のデビュー作。ともにアカデミー主演男優賞、助演女優賞にノミネートされました。原作はカーソン・マッカラーズの「心は孤独な狩人」です。マッカラーズの小説はみなそうですが、この世で耐えられないものをぎっしり詰めた壺に手を突っ込んで、ひとつ、ひとつ取り出してつくづく眺めてしまう、みたいな感じがあるのです。和やかなもの、多幸感、慰め励まされる人生、だれもが大好きな「癒し」なんかクソくらえという。本作も例に漏れません。シンガー(アラン・アーキン)は耳が聞こえずしゃべれません。真面目で穏やかな青年で、町の宝石店で彫金の仕事をしている。部屋をシェアしている友だちのスピロスも同じ障害を持っているうえに、知的障害もあり、徘徊や器物損壊を繰り返す、それもショーウィンドーのケーキやクリームなど、甘いものを見るとガラスを割って無我夢中で口に詰め込むという幼い衝動です▼彼の身内はスピロスを精神病院に入れてしまう。シンガーは弁護士の意見で、親友のために法的な後見人になることに同意したが、手続きがすむまで日数がかかるので、病院の近くの町に引っ越すことにし、ケリー一家の部屋を借りることにした。ここは父親が怪我して3か月働けない、週20ドルの家賃収入をあてにしている。長女ミックは家の事情も分かるが、自分の部屋がなくなったので、シンガーを逆恨みする。彼女には弟がふたり。両親は障害のあるシンガーに理解があり、ミックの「口もきけない男」発言に父親は平手打ちを食わす。町の宝石店で同じ職に就いたシンガーの身の回りで、いろんな事件が起こる。レストランで失業してクダを巻く酔っ払い、ブライアントをシンガーは助けた。通りかかった黒人の医師コープランドに、診てやってくれと頼むが白人を憎む彼は「私は黒人専門だ」とスタスタ通り過ぎようとする。シンガーが聾啞であるカードを見せると、しぶしぶ医師は了承し、路上に気絶している、ブライアントの手当をした▼医師もまた娘マーシャとの間に確執があった。男手ひとつで育てた娘は医者にならず、黒人のウィリーと結婚し今は「しがないウェイトレスさ」。医師はシンガーの知己を得て、しゃべれない患者との意思疎通を手伝ってくれないかと頼みます。ブライアントはシンガーに助けられ一念発起、遊園地に仕事口を得て「乗り物はいつでも無料にしてやる」とシンガーにいいに来る。愉快なやつです。ミックは音楽が好きだ。コンサートに入るお金がなく、劇場の非常階段でモーツアルトの「ジュピター」を聴いている彼女を見かけたシンガーは、レコードと蓄音機を買ってきて、いつ自分の部屋で聴いてもいいと伝える。マーシャとウィリーは遊園地でゴロツキに絡まれ、彼らを殴ったウィリーだけが刑務所に入れられ、脱走を試みて失敗、独房のきつい足枷が元で壊疽を起こし、片足を切断した。娘はそれも父親が夫を助けるために偽証してくれなかったせいだと恨む。ミックの父は一生腰が治らず、働けない体だと診断された。ミックは高校を中退して働きに出なければならない。高校も出ていない女にどんな将来があるというのか。やけくそになったミックは彼女の恋人、セレブの息子とロストヴァージンに及ぶが、夢も未来も塗りつぶされたミックからすると、親の金で苦労なく食べていける男と、自分の人生の交錯点があるとは思えない。別れる。悲劇はまだある。病院に収容中のスピロスが死んだのだ。心を打ち明ける相手は一人もいなくなった。失意のシンガーは拳銃で頭を撃ち抜いた▼周りの不幸な人を助ける、天使のようだったシンガーをマッカラーズは自殺させてしまう。まるでこんな人のいい「甘ちゃん」では生きていけないのですよ、といわんばかりだ。救済はないのか。作者の分身は現状に妥協しようとせず、心の暗闇にもがくミックだろう。シンガーの墓で、ミックは医師にあう。そうそう、医師は末期ガンだというおまけが付いている。どっちを見ても助からない話ばかりである。唐突だけど、彼女の遺作になった「針のない時計」を引き合いに出さざるをえません。「心は孤独な狩人」と「針のない時計」は、マッカラーズの処女作と遺作だ。二作を読むと、こう見えて彼女は終始一貫、希望を失わずに生きる庶民の気高い人生を描いているのだとわかる。白血病に侵された薬剤師マシュー(「針のない時計」)は、ヘリに乗って地上を見ながら思う。何てちっぽけな家と人と風景だ、人間はどこにいるのだろう、人間を見るためには、知るためには、もっと地上に近づかなければならない…たとえ余命がなくとも、もっともっと近づくことがマッカラーズの書き続けた小説世界だった。この映画も例外ではないです、黒人への冷酷な差別に憎しみを凝固させた医師は、シンガーに近づいてやさしさを知り、希望を失っていたミックは、好きだったことをあなたに知って欲しかったとシンガーの墓に語りかける、彼女は愛を知り、無理解な周囲の人間の差別に、頭にきて町を飛び出したブライアントは、シンガーを決して忘れず、差別と解放運動の先頭に立つかもしれない。マッカラーズの非情な結末は、かすかな、でも確かな希望の光を湛えている。その発光源がこの映画ではシンガーであること、孤独のうちに命を絶った天使であることはいうまでもありません。

 

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