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特集「銀幕のアーティスト」

2016年12月21日

特集「銀幕のアーティスト6」③
グランドフィナーレ(2016年 事実に基づく映画)

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監督 パオロ・ソレンティーノ

出演 マイケル・ケイン/ハーヴェイ・カイテル/ジェーン・フォンダ/レイチェル・ワイズ

シネマ365日 No.1972

圧巻のフィナーレ 

特集「銀幕のアーティスト6」

人生の終末を綺麗事の勇気や希望でごまかさないところがいいですね。特に主人公フレッド(マイケル・ケイン)の妻への仕打ちと、彼女が味わった孤独地獄の切なさには胸がつぶれるものがあります。フレッドが早々に引退を表明し、世間と没交渉の立場に自らを置いたのも妻への贖罪と、妻と同じ「孤島」に生きる立場を自分に与えたものと思われます。彼は音楽家だ。自作の楽曲「シンプル・ソング」で世界的名声を得、今は燃え尽き症候群。娘のレナ(レイチェル・ワイズ)、60年来の親友の映画監督ミック(ハーヴェイ・カイテル)とスイスの高級リゾート地、アルプスの麓で休暇を過ごす。ミックは現役第一線、脚本「人生最後の日」を執筆中だ。このホテルには様々な客が滞在する。高名な元サッカー選手、ミス・ユニバース、ロボット映画で人気者になり、未だに役名で呼ばれることに超ストレスを感じる役者、触れることによって心を読み解くエステシャン。フレッドとミックは散歩と温泉のほか、滞在客の下ネタを話題にしあって毎日を過ごす。例えば「軽はずみは甘い誘惑だ」「軽はずみは背徳でもある」「小便は?」「2回。4滴だ。君は」「似たようなものだ」▼レナが泣き崩れ、婚約者に捨てられたとフレッドに訴える。婚約者とはミックの息子だ。「君の息子が僕の娘を捨てた」と告げる。ミックは「ジュリアンは母親に似てクソだ。今からクソに電話する」。息子は女を伴ってやってくる。フレッドは娘を慰めようとするが「音楽ばかりでママを打ち捨てていたパパに、家族のことがわかるはずがない」と逆襲をくらう。「僕らの記憶に何が残っている」とフレッドはミックに訊く。「自分の両親が思い出せない。親がどんな話し方をしていたとか。娘の寝顔を見ながら父親として、してやったことを考えたが、いずれレナは忘れるだろう。親としての努力は報われない」フレッドはますます人生に無気力になる▼女王陛下の特使が来て、「シンプル・ソング」をフィリップ殿下の誕生日に演奏して欲しいと伝えた。フレッドは引退を理由に固辞し続けるが、粘り抜いた特使にとうとう理由を告げる。「あれは妻のために作った歌だ。妻だけが歌える。問題はもう妻が歌えなくなったことだ」。父親の初めて見せた母親への憐憫と追憶にレナは泣く。フレッドをマッサージするエステシャンが「ストレスですね」という。「手でわかるのかね」「触感だけですべてがわかります。だから人は触れられるのを恐れるのです」「君は話すのは嫌いか」「話すことがありません」彼女の言語は言葉でなく触覚だ。彼女が話すことがないというのは、内容が空虚なのではなく、雄弁な沈黙を信頼しているからだ。ミックに訪問客が来る。女優のミランダ・モレル(ジェーン・フォンダ)だ。ミックは彼女を「今までで最も才能のある女優だ。正真正銘の天才だ」と評価する。「なぜなら彼女は学ぶのではなく盗むのだ。出自は路上生活者だ。そこであらゆるものを盗み、強烈な個性を作り、オスカーを2個」そのミランダはミックに「人生最後の日」の主演を降りると告げた。「ミック、あなたと知り合って何年?」「53年だ」「一緒の映画は?」「11本」「あなたを愛しているからはっきり言うわ。あなたはもう80歳。歳とともに老いている。あなたが監督した最後の3本はクソよ。今度の映画を撮ったらあなたのキャリアは終わりよ。あなたの遺言なん誰も興味ない」「53年前、お前はプロデューサーをしゃぶっていた。俺が奴のパンツの中からお前を引っ張りだし女優にしたのだ」「ふざけないで。わたしは彼らのパンツの中でも平気だった。自ら望んだことだから。一切借りを作らず、誰に頼ることもなく、アクターズスタジオに入り、ブルックリン中のトイレの掃除をして、母が借金をしてハリウッドの正面から自力で堂々と入ったのよ」「恩知らずで愚かだ。だから成功したのだ。わかった。君なしで撮る」ミランダは哀れそうにミックを眺め「馬鹿ね。人生は続くのよ。クソッタレの映画がなくても」▼休暇が終わろうとしていた。ミックは頑として女王の招聘を受けないフレッドに言った。「君の音楽は力と勇気を与えてくれたよ。休暇が終わったらどうする」「家に帰る。ノヴァーリスが書いていた。常に家へと」「そうか」ミックは映画を撮れなくなった自分をどこかで認めていた。彼は自殺する。仕事も友だちも目の前を通り過ぎて行き、残る人生に死だけが待つ。フレッドはつぶやく。「今からでも人生を愛せるだろうか」。やることが一つだけ残っていた。ベネツィアの病院にいる、25年会っていない妻メラニーに会う事だ。メラニーはもはやフレッドの顔を見分ける事ができない。彼女の置き去りにされた人生すら、彼女には思い起こす術はない。人生ってこんなものか。あとは死しかないとしても、生きる価値はあるのか。精神を病み、すべての記憶を消滅し、輝いた過去も愛し合った日々も消えた妻の、白蠟のような相貌に「シンプル・ライフ」が重なる。どんな人生も人は受け止めて生きてき、これからも生きていくのだ、命ある生を。こうでなければいけない人生などない。その人の生きてきた全てが価値ではないのか。それは自分だけが決め得ることであって、人から与えられる答えでもなければ誰かによって用意された答えもないのだ。悔恨のすべてを吹っ切ったフレッドは女王陛下の招聘に応じた。どんな人間にも与えられたグランドフィナーレがある。いま響く昔の響き。喜びも悲しみも歌となってその人に結実するのだ。彼は指揮台に立った。スミ・ジョーの歌う「シンプル・ソング」が魂を震わせる「あなたはどうか立ち止まらないで。わたしは感じている。わたしはそちらに行くでしょう。でも決してあなたを忘れない。束縛を捨て去り、わたしはいま満たされている…」。人生かくありたし。どうぞよいお年をお迎えください。

 

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