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特集「銀幕のアーティスト」

2016年12月23日

特集「銀幕のアーティスト6」⑤
トルナトーレ 我が映画人生(2010年 ドキュメンタリー映画)

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監督 ルチアーノ・バルカローリ/ジェラルド・バニチ

シネマ365日 No.1973

人生を捧げるもの 

特集「銀幕のアーティスト6」

ジュゼッペ・トルナトーレの好きな映画を何度見ても、そのたび感動する。同じシーンのときもあれば、覚えていたセリフなのに、そうか、そういう意味だったのかと初めて気づくときもある。とっくに知っていたはずが、初めて見たことのように、セットが見事だとか、小道具が凝っているとか、廃墟のようなロケ地に行ってみたいとか、要は映画を見るつど「ああ、やっぱり、いい映画だ」と、安心するのだ。安心する映画というのも妙な言い方と思うが、彼という人は、何かを決して踏み外さない、どんなに過酷な人生の一面を描いても、人が心の底から求めているものを指し示してくれる、希望というにはあまり大雑把で、愛と呼ぶには辛すぎるが、でも生きていていいのだ、きっといいことはあるのだと安心させてくれるのである▼本欄の「特集ジュゼッペ・トルナトーレ」で取り上げた以外にも何本か見たが、わけても好きなのは「鑑定士と顔のない依頼人」「題名のない子守唄」「マレーナ」に「記憶の扉」だ。作品を評価するなど、本当はつまらないことだとジュゼッペは思わせてくれる監督だ。彼と長年映画を作ってきたプロデューサーのゴッフリード・ロンバルドは「彼と仕事をすると、安心して学べる学校にいるようだった」と言っている。波乱万丈、周囲をハラハラさせ、事故でトラブり、主役が降板するなど、事件ネタの派手な騒ぎなどひとつも起こさない。ジュゼッペという内省的な監督はいつも穏やかに、コンセプトやキャラクターについて話す。本番に入るまでなんども意見交換し、アタマで理解するのでなく、役の気持ちがわかるまで人物像を話し合い、撮影に入ったら役者に任せる。「マレーナ」のモニカ・ベルッチのジュゼッペ評はこうだ。「役者は、カメラの後ろに明確なヴィジョンを持った人がいると、安心して演技に集中できる。逆に放って置かれるとエネルギーが分散する。だから常に確かな人の目が必要なの」。役者が本来ジコチューであることがよくわかります。ここでもベルッチはジュゼッペのことを「安心できる人」という言い方をしています。ジュゼッペという監督と一緒に仕事をする人のキーワードは「安心感」みたいです▼「教授」のベン・ギャザラは「彼は演技指導が好きじゃない。人物の振る舞いについてはよく話したが、主人公の感情や考えについては話さない。彼と仕事するようになって、脚本を隅から隅まで読むようになった。ト書きまでね。彼は昔ながらのエレガントな監督だ。今は商業的で変態的な感覚を持った監督が、おしゃれで受けのいい技術を多用した映画を作るが」ジュゼッペが内省的で内向きの性格だと誰しもがいうが、彼が15年間、多くの脚本をそこで書いた、チヴィタ・デイ・バーニョレージョという場所を見れば、なるほどと思う。まるで廃墟美というしかない、地の果てみたいな秘境で彼は仕事しているのだ。ジュゼッペは「静けさだけなら他の場所にもある。住人がごくわずかなこの場所には長い歴史がある。脚本はすべてここで書いている。チヴィタにいると、自分がどんな物語に人生の一部を捧げたいのか、わかる」。人生の一部を捧げる…こんな真摯なことを言える人って、そんじょそこらにウロウロしているものじゃないよね、きっと▼ジュゼッペの「ベスト・ワン」を1本選べと言われたら、う〜む「鑑定士…」とどっちにするか迷うけど、初めて見たときの衝撃度と感動で「題名のない子守唄」かなあ。同時にこの映画は「二度と見たくない傑作」ベストテン高位ランク入り確実(笑)。人間と運命の交錯、その残酷さ、愛の深さ、やるせなさ、切なさ、どういったところで作品そのものを言い得たことにならない。かなわない。やい、もうなんとでもしてくれと毒づきながら、こみあがる涙を抑えられない。主演のクセニア・ラパポルトについてジュゼッペは「初めから感じていた。イレーナという役と、彼女の間に葛藤があると。クセニアはイレーナの行動を裁き、責めていた」。クセニアはどうだったか。「娼婦という仕事をしている人を紹介してと頼んだ。でも必要なかった。すべては脚本に書いてあり、その通りやればよかった。ジュゼッペは素晴らしいことをいったの。イレーナは彼女の人生で何が起こるか知らない。だからただ語ればいい。彼女のすることを裁いてはならない」ジュゼッペの映画に共通する主人公には共通点がある。「打ち負かされた者か、部分的な敗者だ。人生のある面で成功者だが、他の面で完全に敗北している」その逆もあった。ジュゼッペの柔軟性と偏らない見方はどこから来たのか。「両親は貧しい世界の暮らしから抜け出ることを夢見ていた。だからといって、わたしが映画に進むことに、励ましたり、やる気を無くさせたりせず、放っておいた。すべてはお前次第だと思わせてくれた」。一つ間違えばやばい教育だけど、ジュゼッペ少年が映画という「幻想の世界」に入るには最適な方法だったのね。最後に、いちばん彼がすごいと思うのは、このドキュメントを見たところで何一つ、ジュゼッペ・トルナトーレという監督がわかったことにならないことだ。説明も紹介もどんな精緻なダイジェストも、歯が立たないところにこの監督はいる。分かりたいと思うなら、映画を自分で見るしかない。

 

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