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特集「銀幕のアーティスト」

2016年12月26日

特集「銀幕のアーティスト6」⑧
美術館を手玉にとった男(2015年 ドキュメンタリー映画)

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監督 サム・カルマン/ジェニファー・グラウスマン

シネマ365日 No.1976

最高の仕事 

特集「銀幕のアーティスト6」

大好きだわ、この人。マーク・ランディス。贋作画家よ。彼のモノローグで映画は始まります。「オリジナルなんて存在しない。すべて元ネタがある」。彼は身なりを整えオハイオ州美術館、チーフレジストラーのマシュー・レイニンガーを訪ねる。「死んだ姉の遺言で時祷書の一部を寄贈したい」。レイニンガーは感謝して受け取り、マークは美術館で寄贈品が展示される場所を確かめ、物静かに去る。彼は18歳で精神科に入院し1年以上施設にいた。母親がまだ健在だったので施設を出たいと希望し、家に戻った。「施設にいる人はみな精神疾患で、指導を受けて人生を過ごす。彼らは老いていくだけで何も言えない。施設の人はわたしのことを、明るい子だといったそうだ」▼マークは自分の作品を「ただの図画工作だよ。テレビを見ながらやる。みなカタログから贋作したから本当の色は知らない。わたしは自分を本物の芸術家だとは思っていないし偉大でもない。でも、そうなりたいとは思う。それが目的だというと、うぬぼれに聞こえるだろうね。自分の才能がどうであれ、人はみな役に立つ人間でありたいと思う。だから人は、各々違うが同じともいえる。世の中には、無数の物語がある。これは一例だ。これがわたしにできる最大限のことだ。慈善活動は辞めるつもりだった。時々有頂天になるから、やめたほうがいいのだ。思いついたことがある。紛失や盗難にあった芸術作品を持ち主に返すというアイデアだ。わたしにできるのは小さな絵を描くことだ。無くなった1ページを、元の本に戻せたら素敵だろう」つい長くなってしまった。なんと謙虚で純粋な贋作の動機だろう。彼はセラピーの一環として模写を始め、純然たる趣味で描き続け、慈善活動と称して美術館に寄贈した。カタログの有名画家の絵を模写したから、古典、ピカソ、宗教画、千差万別に及び、彼の「寄贈」する希少絵画は、全米46の美術館で100点以上に及んだ。そして30年にわたって誰も気づかなかった▼たった一人、贋作だと見破ったのは先述したレイニンガーである。彼は躍起となって4年間マークを追跡し、ついに突き止めた。彼は相変わらず無心に贋作を続けていた。スーパーで買った画材、色鉛筆、シミを付けるコーヒー…画集やカタログにある名画をコピーし、キャンバスに貼り付け、油絵で手入れし、微細な色調は色鉛筆やコンテで調整する。神父になりすまし、あるいは「姉の遺言で」と偽り、製作した贋作をすべて美術館に寄贈した。「わたしは贋作を作ったが、単純に好きなんだ。心を落ち着かせてくれるし、小さいころを思い出す。夜だと作業に没頭できる。長時間記憶して、細部を描き出す。わたしにはそんな能力がある」。マークが金を受け取らなかったため、詐欺罪にはならなかった。しかし贋作を展示することは、美術館にしたら信用問題で、これ以上マークを放置しておくわけにいかなかった▼そのとき、稀代の贋作作家としてマークの存在を知ったシンシナティ大学のアーロン・コーワン教授がマークの個展を開くことを提案した。驚嘆すべき贋作を、いっそ世に知らしめ、贋作の天才作家として世に出すのである。マークは落ち着かなかったが、コーワンの指示通り、家にある作品をごっそり美術館に送りつけた。個展会場でレイニンガーとも再会した。個展は成功だった。しかしこれ以上の贋作はやめなければいけない。絵を描くことをやめればなんの楽しみがある。自分の絵を描くよう助言する人もいた。贋作こそ、マークにすれば「自分の絵」なのだ。贋作でない彼の絵はたった一点、母親の肖像だけだった。綺麗な女性である。マークは自分の贋作製作をいみじくも「図画工作」といっている。子供の工作と一緒なのだった。彼は今でも通院治療を続けながら、ソーシャルワーカーの助けを借りながら生活している。この女性、ドナ・イングリッシュ社会福祉士がまたよくできた人だ。「患者が人生を充実させる権利を守りたい。それが害を及ぼさない限り。彼は彼なりに責任を負っている」▼好きなだけ描かせてあげればいいじゃないの。人を傷つける訳じゃなく、騙す訳じゃなく、金に替えるつもりもなく、ただ好きで描き続け、でもどこかで人に見て欲しいから寄贈と称して美術館に置いてもらっただけでしょ。だからコーワン教授の個展はグッドアイデアよ。ついでに「マーク・ランディス特別展示室」でも作ってあげればいいのよ。思うのだけど、贋作だ、本物だと言ったところで、それを所有する本人が納得していればいいわけでしょう。自分のすっかり気にいった絵画が贋作だと言われたって、それ、恨みに思わなくちゃいけないことなの? その作品を愛した分だけでも元は取れているわよ。マークのいう通り、オリジナルなんてどこにもない、オリジナルとは、その絵が好きでたまらなかった自分の思いです。マークにとって贋作とは偽物でもまがいものでもなく、彼の真作なのです。最高の仕事よ。

 

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