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特集「最高のビッチ」

2017年1月18日

特集「最高のビッチ1」③ シモーヌ・シニョレ
乗馬練習場(1950年 犯罪映画)

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監督 イヴ・アレグレ

出演 シモーヌ・シニョレ/ベルナール・ブリエ

シネマ365日 No.1999

すべて苦きことから逃れよ 

最高のビッチ

シモーヌ・シニョレがフレンチ・ノワールの黒い闇から浮かび上がってくる…ファム・ファタール映画の傑作です。ファム・ファタールとは秩序だった健全な日常性を破壊する女です。行動的で破滅的で男のいいなりにならず、自らのセクシュアリティから力を引き出し、その力によって男を死に至らしめる誘惑者。それはユニークな映画の一ジャンルを築きました。でもね〜。この映画に限っていえば、まだまだ男の手のひらので女は踊っていたのね。監督が用意しているのは哀れな女の末路よ。この時期イヴ・アレグレとシモーヌは映画の前年まで夫婦で、離婚してから本作を撮った映画です。暗さと不幸が蔓延しているのは故なしとしませんが、にもかかわらず、ヒロインのドラが堂々としているのは、演じたのがシモーヌだったからとしか、いいようがないわ▼映画は交通事故で重傷を負った妻ドラに呼びかける、夫ロベール(ベルナール・ブリエ)の独白で始まります。「信じられない。どうしよう。ありえない。お前が死ぬはずがない。お前はわたしの宝なのだ。そうだろう? 死ぬな。愛しているのだ。お前との暮らしが終わるはずがない」かくも女を失う嘆きが連綿と続くのです。ロベールはサラブレッドを何頭も揃え、上流階級の夫人や高級官僚が会員となっている乗馬練習場のオーナーです。戦争中収容所で5年間の捕虜生活があり、婚期を逃し独身である。仕事熱心で腹心の部下、ルネと堅実経営で資産と信用を築いてきた。瀕死のドラは苦しい息の下で「ママ。彼に本当のことを話して」と頼む。「いいのかい」とママ。そこで打ち明けた出会いから今日までの筋書きにロバートは茫然自失だ。「娘の愛? みな演技さ」とおっかさん。「生きるためにあんたに目をつけたのだよ。親子で騙したのさ。簡単に落ちてくれたね。愚かなあんたは作り話を信じた。ふたりで大笑いしたよ」可哀想なロベール…だけど、ここはひとつ是非、母親の騙しのテクを聞きたい▼考えてみれば、男が女の顔を糞みそにいう言葉には「ブス」シコメ」「醜女」と、かなりボキャブラリーがあります。しかし女が男の顔を悪くいうのに、「ブス」に匹敵する破壊力のある単語は、あったか? 言ったことがないからわからない…のではなく、もともとなかったのではないか。ドラはでも「あんなひどい顔だったかしら」と最初に顔面攻撃。母親は「乗馬練習場は一財産だよ。逃してたまるか」とロバートの財産を搾り取ることに的を絞る。母娘とも叩いても死なないワルです。ロバートはドラの手練手管にイチコロ。宝石は買い与え、家は改修し、母親の生活費までみてやる。かさむ出費にロバートとルネはやりくり算段するのを尻目に、母娘は高級レストランで豪華な食事。ドラは下手に出ながら男の自尊心をくすぐり「いいさ、そんなこと何でもないさ」と言わせるのだ。真面目一方なロバートにドラは飽きてくる。バーで知り合った若い男と浮気。古い隙間風の入る厩舎でエサ代を削られた馬は次々病気になる。大事な馬が死にかけているときに、妻は男と不倫だ。ドラは母親に「髪のフサフサした若い男がいいわ」。ついでにその男フランソワの口説き文句はこうだった。「君は幸せでなさそうだ。笑顔でいてもあなたの目には満たされぬ欲望が映っている。君の人生には幸せが枯れている」「主人が年上だからかわたしが理解できないの。わたしと合わないのよ。愛着は感じているけど」「それで十分さ」男は焦らない▼フランソワはかつて上流社会の男だったが、失敗して落ちぶれたのだろう。ドラが金目当ての女だと知っていて、適当にあしらうが、卑しい男ではないのだ。「愛情って何?」とドラ。「お金かしら。お金があれば愛は生まれるかも」「さあな。俺にはわからんが、それ以外のものも…。いつか話してやるよ。もう遅い。帰れよ」「愛したいのよ」「うんざりだ」「大金も愛もどっちも欲しい」「絶対に無理だ。眠いんだ。煩わしい女になるなよ」金のないフランソワを、ドラはロバートの厩舎に雇わせるが間もなく経営は破綻、ロバートは破産宣告を受ける。ドラはさっさと見切りをつけ、次の男の物色にかかる。母親が野菜の卸売を推薦する。ドラは気に入らず外交官を落としにかかる。テキパキしたセリフ運びでドラマは急展開。フランソワは訊く。「その男は君の面倒を見るのか。あの連中は色々うるさいぞ。君はオレンジの皮の剥き方も知らない。あいつらはすぐ人を見下す。俺なら付き合わないね」。彼の見通しは確かだった。トルコ大使館の外交官夫人に収まるはずだったドラは、あっさり男に捨てられる▼母親から逐一真相を聞いたロバートは「ちくしょう、ふたりで俺を破滅させたな」「もしドラが治ったら許す?」「もう終わったんだ。殺しはしない。最後まで見届ける」手術が済んだ。主治医の報告をロバートは母親に告げた。「助かったよ。でも全身麻痺だ。一生歩けないかもしれない。話すこともできないかもしれない。ドラの男は去っていくだろう。あんたが一生面倒見るのだね。車椅子を押して。仲がいいから、いいじゃないか」「あなたの妻でしょ。なんて男なの」。罵り合う二人を見ながら看護師がつぶやく。「いつも弱い者が泣くんです」。弱い者って誰? 50年代のこの映画では、ドラ母娘はしっかり落とし前をつけさせられたわけだけど、これが70年代になるとファム・ファタールはもはや誰の復讐も受けなくなります。敵も味方も殺しのビームで焼き殺した「キャリー」、妹の復讐に、男をライフルで蜂の巣にした「リップ・スティック」息子たちを立派な(?)強盗団にそだてあげた「血まみれギャングママ」。夫と子供と自分の幸福を一緒くたにせず我が道を選んだ「クレイマー、クレイマー」、14歳の孤独な少女は連続殺人すら自らの運命に受け入れた「白い家の少女」、このセリフ(「やりましょう、やりましょう」)のために日本未公開になったと思われる「恋のモンマルトル」。女は美しく、妖しく、賢く、強くあり、しかも「すべて苦きことから逃れよ」(ナタリー・バーネイ)。シモーヌ・シニョレとは、このときにからすでに、目が離せない女優でした。

 

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